テーマ:勝手に妄想

天地人 「新発田重家との戦い その3」を勝手に妄想

天正13年(1585年) 景勝の下に真田安房守からの使者が届いた。 今まで上杉と敵対していた真田が何故、使者を? そういぶかしながら、真田よりの書状を読んだ兼続はそのまま景勝の下へ向かった。 その書状の内容は 景勝に臣従する。 そのために昌幸の息子・信繁を人質に出すと。 この頃、真田は徳川、…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

天地人 「新発田重家との戦い その2」を勝手に妄想

兼続は一人、越後の地図を眺めて思案していた。 ここから上杉はどちらを攻めるのか。 新発田軍の物資の補給源は 新潟津よりやってくるもの そして蘆名から赤谷城を通じてやってくるものである。 新潟津を守る新潟城は上杉が先年攻めたが 新潟城は大きな川で囲まれているため、対岸から矢・鉄砲は届…
トラックバック:0
コメント:13

続きを読むread more

天地人 「新発田重家との戦い その1」を勝手に妄想

それはあまりにも突然の出来事だった。 6月5日 魚津から越後へ侵攻した織田軍が撤退した。 更に物見の報せでは 魚津城は空城となっていると言う。 何が起きたのか 景勝と兼続のみならず上杉家中も者達は皆一様に計り兼ねていた。 織田家家臣・惟藤日向守(明智光秀)から書状が届いたのは それから…
トラックバック:1
コメント:5

続きを読むread more

天地人 「魚津城の戦い」を勝手に妄想

織田の脅威にさらされていた上杉家ではあったが 上杉家家中の結束は固まっていた。 それにはふたつの理由があった。 その理由のひとつが 武田の最後と、その武田に対する織田のなさりようであった。 あっというまに織田に寝返った武田の者達 武田の庇護にあった神社・仏閣の焼き討ち そしてあの武田狩りである。…
トラックバック:0
コメント:8

続きを読むread more

天地人 「新発田重家の乱」と「武田征伐」を勝手に妄想

直江を継いで家老となった兼続は 直江の居城・与板城に戻る事も、妻となったお船に会うこともなく 春日山城にて同じく家老となった狩野秀治と共に内政及び此度の争いの収拾に奔走していた。 その出来事から遡る事、三ヶ月前。 天正9年(1581年)6月16日 此度の乱においては我らが御味方になったからこそ景…
トラックバック:2
コメント:2

続きを読むread more

天地人 「菊姫」と「信綱惨殺」を勝手に妄想

天正7年(1579年)甲斐より越後へ向かう一行がいた。 その一団にある輿には武田勝頼の異母妹・菊姫が乗っていた。 この時、16歳。 兄上様は何故、上杉を選んだのであろう。 侍女から聞いた話だと一昨年の天正5年(1577年) 武田は織田信長に対抗するために上杉謙信と同盟を結んでいる。 一方で北条との…
トラックバック:0
コメント:6

続きを読むread more

天地人 「御館の乱」を勝手に妄想

上杉謙信が亡くなった。 上杉謙信の後継と目されていたのは謙信の二人の養子。 一人は謙信の姉・仙桃院の子である上杉景勝 もう一人は北条氏康の子である上杉景虎 家中は景勝派と景虎派で二つに割れた。 そして家臣同士の争いにより越後が血で染まった。 樋口兼続は景勝の側にあった。 当初、兼続はこの…
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more