テーマ:八重の桜

八重の桜 第50話 「いつの日も花は咲く」

明治27年11月 八重は広島の陸軍予備病院に赴任し 看護婦たちの陣頭指揮を執っていた 日清戦争の開戦から3か月 第二軍司令官の大山は遼東半島の金州城を落とし 兵を旅順へと進めた 日に日に負傷兵が運ばれてくる コレラや赤痢で亡くなる人もいた 清国の者は赤十字の協定に入ってはいない だが八重は敵味方関係…
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八重の桜 第49話 「再び戦を学ばず」

襄が亡くなってから数ヶ月が過ぎた 私は同志社を単なる学校ではなく 一つの家族として生徒達と共に生きる場所にしたいと願ってきました ふと英語を学ぶ女生徒がある文を読みなぞっていた 私は学校を作りたい それが私の夢だ 苦しむ人々への光は 権力やものではない 真の教育なのです 「これは新島襄が帰国した…
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八重の桜 第48話 「グッバイ、また会わん」

東京にいた襄はそろそろ京都に戻ろうと考えていた そんな時 大隈重信が政府の条約改正内容に憤る愛国者と称する者が 作った爆裂弾によって右足を切断するという大怪我を負う事件が起こった 襄は愕然とした 愛国心とはそんなものではない! 意見が違う者を力で封じ込めるなら何のための議論か! それから…
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八重の桜 第47話 「残された時間」

覚馬はみねの遺児・平馬を山本家の養子に迎えた 平馬の世話に八重の母・佐久は張り切っていた まるで若返ったかのようであった この年の元旦 襄は心臓の発作を起こしていた しかし襄は体調がよくなるとすぐ仕事を始めた 主権国家が道を誤らぬためには人材が必要です そのためには大学を作らなくては 民友…
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八重の桜 第46話 「駆け落ち」

明治20年 同志社学校の教師となった伊勢時雄と共に京都に戻り みねは長男・平馬を出産した 赤ん坊の泣く声に八重は泣かねぇでくなんしょとあやしたが それを見た佐久は 「泣くのは赤子の仕事だ」と言って笑っていた 新たな家族の誕生を喜ぶ山本家の中に久栄の姿はなかった その頃 久栄は徳富健次郎と一緒だった…
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八重の桜 第45話 「不義の噂」

琵琶湖疏水の工事がいよいよ来月から始まる 京都と琵琶湖が運河でつながれば水運の大連絡路が出来る そうすれば京都はますます繁盛する 「戦で焼け野原になって遷都で寂れた都が ようここまで盛り返したもんや」 覚馬の下を訪れていた大垣屋はしみじみと語った 町の活気が聞こえる 人間のやり直す力はやはり大したも…
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八重の桜 第44話 「襄の遺言」

徴兵令施行以来10年が過ぎた だが兵役を担ったのは該当者のわずか1割にすぎない このままでは国を守れない 長州事変では清国が大軍を率いて日本を牽制した 列強諸国から日本を守るには軍備の拡張を急がねばならない 徴兵の徹底は急務である 政府の要職にあった山県有朋の主導により 私立学校は徴兵免除の特典から除外…
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八重の桜 第43話 「鹿鳴館の華」

伊藤博文と対立し政府を追われた大隈重信は 早稲田大学の前身となる東京専門学校を開校した 襄もまた大学設立に向け準備を始めていた 程なくしてアメリカに帰国していた デイヴィス先生が日本に戻ってきた 最近 襄は会津へ伝道に行ってから身体の具合がよくないらしい アメリカではエジソンが電球なるものを発明し …
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八重の桜 第42話 「襄と行く会津」

国会開催の詔勅を受け 板垣退助は自由党を結成した そこで彼は暴漢に襲われ負傷した 「わしが死んだち・・・自由は・・・自由は死なんぜよ!」 板垣が襲撃された事件は 「自由ハ死セズ」との言葉と共に 全国に広まり政党政治確立への機運が一気に高まった 新島襄は板垣退助を見舞いに 大阪まで出向いてミルクセー…
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八重の桜 第41話 「覚馬の娘」

明治維新から13年の月日が流れた 板垣退助が火を付けた自由民権運動は 人民の声を政治に反映させようと大きなうねりとなって 日本中に広がっていた その彼が提唱するのは 国会を開設して民選議員を創設することであった この頃 明治政府を主導していたのは 岩倉具視と伊藤博文であった この民権派の者達…
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八重の桜 第40話 「妻のはったり」

板垣退助らが掲げる自由民権運動の広がりを恐れた 政府は明治11年に現在の地方議会にあたる府議会の設立を決定 国民の不満の解消を図った この裁定を下したのは 維新三傑亡き後の政府をまとめる長州出身の伊藤博文であった 京都府知事である槇村正直はこの政府の取り決めに驚いた 「政府は無知なる民に好きにやらせすぎで…
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八重の桜 第39話 「私たちの子ども」

明治10年9月 七ヶ月にも及んだ西南戦争は 西郷隆盛の死をもって終結 内戦を終えた日本はしばしの平安を取り戻していた 八重の母・佐久は墓前の夫と息子に手を合わせていた 新島様と八重の女学校が出来たからし まるで昔の八重みてぇな元気な娘っ子たちがいっぱいで 「旦那様 三郎 もう十年…
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八重の桜 第38話 「西南戦争」

同志社英学校の新しい校舎ができた 新しい木の匂いがする ここに若者達が集い ここから研鑽を重ねて やがて世界をよりよく変えていく そんな未来にわくわくする襄と八重 そこに猪一郎が息を切らしてやってきた 鹿児島で西郷が兵を挙げると 八重は愕然とした 新政府を…
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八重の桜 第37話 「過激な転校生」

結婚した八重と襄は 新居ができるまで山本家に住む事となった 八重は普段着として 西洋の服を着るようにし 朝食も西洋の方が食べる ベーコンという肉や卵をつかった料理をつくってみた うまく出来てるかはわからなかったが まぁ初めてにしてはうまくいったと自負していた ふと襄が洗い物をしているのに気付い…
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八重の桜 第36話 「同志の誓い」

八重は新島と再婚する事となった 「わしの見る目はたしかであろう」 槇村正直は満足気であった だがそれから間もなく 女紅場に八重を訪ねて役人がやってきた この女紅場を辞めてもらう 解雇の通知を八重に下すために 八重が新島襄という 耶蘇教の宣教師と婚約したことが影響しているのであろ…
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八重の桜 第35話 「襄のプロポーズ」

山本家の朝食の席で襄は 昨日は眠れなかった事を語った 眠れなくなったのはその事ではなくて 八重さんにプロポーズ つまりは結婚の申し込みをした事であった 流石の覚馬や佐久も驚いた ただ当の八重は 黙ってその場を去ってしまったらしい つい勢い込んでお願いしてしまったと笑う襄に …
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八重の桜 第34話 「帰ってきた男」

月日は流れ 明治7年11月 新島襄は10年ぶりに日本に帰国した 襄が会いに行ったには木戸孝允の下である 国禁を破った襄が 再び祖国の地を踏む事ができたのは 木戸の力添えがあったからである 「やはり政府で働くつもりはないか?」 「申し訳ありません 私が日本に戻ってきたのは 日本に学校をつ…
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八重の桜 第33話 「尚之助との再会」

八重が女紅場で住み込みの舎監となってから1年が過ぎていた 八重は先生としての職務を果たしながら この女紅場にいるアメリカ人の先生に英語を学んでいた 京都は 山本覚馬が発案し 山本覚馬の西洋学問所時代の弟子であった 明石博高がそれを実現 予算などの出資は 槇村正直が行う この三人の体制によって …
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八重の桜 第32話 「兄の見取り図」

京都で迎える初めての朝 旅の疲れが出たのであろう 寝過ごした! そう思った八重は急いで起きたが 枕元に自分の着替えが用意してあった みねと佐久の分もあった 時栄が用意したのであろう 急いで台所に向かった八重と佐久であったが 味噌汁も漬物も全て用意されていた 更にもう覚馬の着替えもすま…
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八重の桜 第31話 「離縁のわけ」

行商から帰ってきた八重の下に内藤新一郎がやってきた 内藤の下に川崎尚之助から文を託されたという どんな報せであろう 喜び勇んで文を見た途端 八重の顔が凍りついた その内容は八重との離縁状であった この時代 夫から三行半を突きつけられたら おなごは黙って去るしかなかった 斗南にいい…
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八重の桜 第30話 「再起への道」

会津戦争から半年が過ぎた 会津藩が降伏した後 最後に唯一つ徹底抗戦を貫いていた庄内藩も降伏 これより東北の地は新政府軍によって制圧された 容保親子は助命を許された 山川大蔵らの容保の助命嘆願を行ったとも 萱野権兵衛が自ら此度の合戦の首謀者であり 容保公には何ら罪はないと新政府に主…
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八重の桜 第29話 「鶴ケ城開城」

新政府軍の圧倒的な兵力と武器によって 東北諸藩は次々と降伏 更に会津城内では食料が不足 それにより補給路確保のために決死隊が編成した その中には八重の父・権八もいた 米沢藩は新政府軍に降った 八重はこの作戦はあまりにも危険だと言って父を止めるも 誰かが行かねばなんねぇ 砲撃が止むの…
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八重の桜 第28話 「自慢の娘」

山川大蔵の入城に城内は沸き立っていた 早速軍議が開かれ 山川大蔵はこれより本丸にて軍事総督を務めることになった 大蔵はこの場に西郷頼母がいないのに気付いた 梶原平馬や佐川官兵衛らは 「あの御方がいては足並みが揃わぬ」 「恭順など馬鹿馬鹿しい 弱腰の家老がいて兵達が命がけで戦えるか」 そう吐き捨てる…
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八重の桜 第27話 「包囲網を突破せよ」

八重は髪を切った 新政府軍へ夜襲に向かうために そこに健次郎がやってきた 日新館が燃えていると言う その報告からまもなく古川春英が怪我人を伴って入城した 敵に奪われぬよう日新館を焼き払い 動ける者だけここに来た 動けぬ者達は皆自害したという これから怪我人を本丸に移動させると言う …
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八重の桜 第26話 「八重、出陣のとき」

八重ら家族は時尾の祖母を迎えに行き それから時尾の隣の家に住んでいる日向ゆきの下に向かった ゆきは八重の出で立ちを見て驚いた 八重はお城で戦うのだと ゆきは城に向かうため 家族と共に急ぎ準備を始めた だが ゆきの祖母が登城するのを渋った 「年寄りがお城に上がっても穀潰しになるだけだ」 …
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八重の桜 第25話 「白虎隊出陣」

二本松を落とした新政府軍は奥州街道を進軍した 旧暦8月19日の事である 今の暦でいくと10月にあった 仙台藩・米沢藩も奥州街道から兵を退いたと言う 会津に危機が迫っていた 山本権八は家族を呼び集めた 「御城下での戦になるやもしれねぇ 何があっても殿を第一に考えれば 会津の人間と…
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八重の桜 第24話 「二本松少年隊の悲劇」

京のとある牢で 覚馬は自分が述べる言葉を 共に捕らわれて牢に幽閉されている 生徒・野沢鶏一に書き記させた 覚馬はもう視力を失っていたからだ 「また新政府の悪口をば書いちょっとか!」 その書を見とがめた牢番が破り捨てた 「まただ!書く度に破られる!」 「構わねぇ もう一遍書き直しすんべ …
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八重の桜 第23話 「会津を救え」

旧幕府軍は鳥羽伏見の戦いに敗れ 山本家には三郎の戦死と覚馬の消息不明が伝えられた 新政府軍は 白河口 日光口 越後口 の三方から会津に迫っていた 国境の警備のため 日光口に向かおうとした山川大蔵の下に 奥羽鎮撫総督が仙台に到着し 仙台藩主・伊達公に会津討伐の命が下ったとの報せが届いた …
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八重の桜 第22話 「弟のかたき」

松平容保は江戸から僅かな供回りを連れて会津に向かった その中には江戸にて洋式調練を学びに来ていた尚之助もいた 京にいた会津藩の面々が帰国するとして 国許の者達は迎えに出ていた 八重はうらと共に 夫と兄と弟の姿を楽しみにしていた 二葉も無事帰郷した 八重は二葉に兄と弟の安否を尋…
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八重の桜 第21話 「敗戦の責任」

鳥羽伏見の戦い 開戦1日目は徳川方の惨憺たる敗退で終わった 開戦2日目 佐川官兵衛率いる一隊が薩摩と激突していた その中に山本三郎もいた 恐怖に身震いをさせていたが その思いを必死にこらえて三郎は敵に向かって銃を撃った だが薩摩の砲撃は凄まじく 会津の大砲隊はやられて応戦できずにいた …
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