八重の桜 第37話 「過激な転校生」

結婚した八重と襄は
新居ができるまで山本家に住む事となった


八重は普段着として
西洋の服を着るようにし

朝食も西洋の方が食べる
ベーコンという肉や卵をつかった料理をつくってみた

うまく出来てるかはわからなかったが
まぁ初めてにしてはうまくいったと自負していた



ふと襄が洗い物をしているのに気付いた


襄は八重が着てる服はよく似合っていると褒めた


自分がやるからという八重に
襄は洗い物も裁縫も自分でしますと言った


「夫婦の間は平等です」


「それより「旦那様」は
やめて下さい」

「襄様に致しますか?」

「襄と呼んで下さい」

「襄!?」


「はい
グッドモーニング
八重さん」



そう言って
襄は家族の前でもはばからず
八重の頬に口をつけた


思わぬ襄の行動に
八重は驚きながらも
嬉しい気持ちを隠せなかった




新しい校舎は西洋風にする
新居も西洋風にすると言う

襄と八重が率先して西洋式にこだわるのは
自分達を通して西洋の良さを知ってもらいたいから


そのひとつが西洋の寝具・ベッドであった


布団の柔らかさに感動する八重に襄は言う


「八重さん」


「はい」


「私はあなたが怖い妻でよかった」


「は?」


「夫の私を平気で怒る
日本にこんな女性がいるとは思いませんでした
私は私の後ろではなく隣を共に歩く妻が欲しかったんです
時に夫を導き前を歩く妻が」


「前を歩く妻・・・」


八重の中でふと尚之助が浮かんだ


「夫だって時には迷い間違いもします
だから私が間違っている時は遠慮なく怒って下さい」


「はい」




それからまもなく外国人教師・デイヴィスの下に
熊本洋学校で教師を務める知人より手紙が届いた


周囲の住民の反発によって
熊本洋学校は廃校に追い込まれると言う


そこで熊本洋学校の生徒をこの同志社で受け入れてほしいと




同志社では生徒が増えてきたことで
学習による成熟の差が生じ授業に支障が生じていた


更にここで生徒を増やしては授業が進まないのではないかと
懸念を教師達は感じていた



それから間もなくして
新島襄に会いに熊本洋学校の生徒であった金森が
山本宅を訪れてきた


熊本にいる洋学校の生徒は
信仰を捨てろと責められている

どうか
この新島の学校に
自分達を受け入れてほしいと



懇願する金森を襄は受け入れた




後に熊本バンドと呼ばれた
熊本洋学校出身の彼らは
優秀で信仰心の篤い生徒であった



だが彼らはあまりにも優秀過ぎた


熊本で
何も学校の事を知らん
士族や親族が我らに邪心があると決めつけた
「言う事が聞けんなら学問もやめえ」言われて
彼らは迫害を受けてきた


だが
あまりにも優秀であったがために
自分達の学力と差がある生徒は落ちこぼれだとして
阻害していった

また自分達の信仰心についていけない者達を
信仰心が足りないとして侮蔑していった


更に西洋式に
夫を呼び捨てする八重にも反発した

生徒の一人・徳富猪一郎は
西洋の帽子に和装の出で立ちである八重を見て
「鵺」と揶揄し

それを面白がって
熊本バンドの面々は八重を「鵺夫人」と呼んで
あざ笑った


そうした事もあって
以前より同志社に通う生徒が辞めていく事態も引き起こしていた




八重は襄が最近眠れてない事に気付いていた



「夫婦は対等なんですよね?
それなら夫が弱音を吐く事があってもいいのではないですか?」


「実は・・・自分に腹が立って眠れないんです」


「自分に?」


はい」


「私の力不足で生徒をやめさせてしまいました」


「熊本バンドには困ったなし」


「しかし
彼らが憤るのも分かるんです
彼らが望む授業ができない私が教師として未熟なんです
彼らを受け入れたのは間違っていたのかもしれません」


「ならぬことはならぬのです
ならぬことはならぬ
子どもの頃会津でそう教わってきました
んだげんじょ
それをそのままひっくり返してみる事にしました
良いものは良い
西洋の考えも「聖書」も生意気な生徒たちも
全部は分がんねえし受け入れられねえ

んだげんじょ
良いと思うところは
誰が何て言おうと受け入れてみる事にしました

私の事を「鵺」だと言った
あの猪一郎さんが新聞記者になりたくて
この学校に来たと話してくれました
教師はそんな生徒たちに何か一つでも良いものを
伝えられればいいのではないですか?」




それからまもなく
熊本バンドの面々は新島襄に学校改革として
次のような要求を行った


・生徒の能力を甲乙に分け甲を上級科乙を普通科の2つに分ける
・一つ授業内容見直しを早急に行う
・寮内では禁酒禁煙
・門限を定め罰則を設ける
・成績不振、進歩なき者は退学とする
・新聞を学校に設置する
・新島襄氏を学校長から解任し西洋人宣教師を新たに学校長とする
・上記が認められん場合我々は本校を退学する


「分かりました
授業の見直しは早急にしなくてはならないと思っています
しかし成績を理由にした退学は認めません」


「何でです?
不埒者や成績不振の者は秀でた者の妨げになっとです!」

「学校は学問ば追究する所ではなかとですか?」


「私が目指す学校は学問を教えるだけではなく心を育てる学校です
私は日本のために奉仕する事のできる国を
愛する人間を育てたくてこの学校を作りました
国とは国家の事ではありません
国とはpeople
人々の事です

国を愛する心とは
自分を愛するように目の前にいる他者を愛する事だと
私は信じています

「自分自身を愛するように汝の隣人を愛せよ」と

型どおりでなくてもいい
歩みが遅くてもいい

気骨ある者も大いに結構
良いものは良い
しかし己のために他者を排除する者は
私は断固として許さない

我が同志社はいかなる生徒も決してやめさせません
それにはあなたたちも含まれてます
その信念がある限り私が辞める事もありません
どうか互いを裁く事なく共に学んでいきましょう」


いつしか襄は涙を浮かべながら熱弁をふるっていた


「一緒に作っていきませんか?
ここはあなたたちの学校です
教師任せにしないで自分たちで変えていけばいい
どうか力を貸してくなんしょ」



襄と八重の言葉に熊本バンドの面々は反論できず
その場を立ち去った



その後
彼らは襄の悪口を言い立てた



「どないなっとったい!?
やっぱ 情けんなか校長たい。
ああ 腹ん立つぜ!
熊本じゃ 人前で涙ば見せる男は笑われるけんね」


そこに1つ年下の徳富猪一郎がぼそっと語った



「俺はかっこつけんと
生徒のために泣ける人は男らしかと思う」



それに八重の事も彼なりに認めていた


新聞記者になりたい
自分の夢を

彼女は認めてくれた



その翌日
新聞が学校に置かれることになった

早速読みふける猪一郎


そこに八重がやってきた


「おはようございます
新島鵺にございます」


その言葉に熊本バンドの面々は何も言えなかった
むしろ戸惑った


周囲に全く意に介する事無く
八重はその場を笑顔で後にした―――――







誰になんと言われようと自分の信じる道を貫く

これまで八重が歩んできた道は
誰にあれこれ言われようともひるまない


だから「鵺」と呼ばれても別段気にしないのだと
言ったところでしょうかな


それにつけても
己の信仰や優秀さを鼻にかけるて
自分よりも下の者を蔑む

それは結果として自分達がされた事と
理由は違えどやっているという事にまでは
思い至らないようで


それから八重と襄の関係について
時には自分の前を歩いてほしいと言う襄の言葉には
ふと尚之助の顔が浮かんだことでしょう

尚之助もそう言ってた事がありますからね


また時には自分の誤りを正してほしいと言う襄の言葉には
尚之助の時にはそれができなかった

今度はその悔いをしたくない


そうした思いが八重の行動には感じられますな


それにつけても縁側・・・

これでビールがあれば
プハー≧∇≦なんか言ったりして・・・


どんどん八重がホタル化してきてるような・・・; ̄∇ ̄ゞ


今週のイラスト


"八重の桜 第37話 「過激な転校生」" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント