八重の桜 第31話 「離縁のわけ」

行商から帰ってきた八重の下に内藤新一郎がやってきた
内藤の下に川崎尚之助から文を託されたという

どんな報せであろう

喜び勇んで文を見た途端
八重の顔が凍りついた



その内容は八重との離縁状であった



この時代
夫から三行半を突きつけられたら
おなごは黙って去るしかなかった


斗南にいいおなごでも出来たのかもしれぬ


だがこの文が斗南から届いたものではなかった


訳があるのか・・・



何故尚之助様は
なんでも一人で決めてしまうのだろう


私にもその苦労を背負わせてほしかった

尚之助様は勝手だ・・・

受け入れる他に道はねぇもの・・・


その一方であらぬ邪推をしては
尚之助への思いを断ち切ろうとしていた八重であった





その斗南へ行った者達は苦難の生活を送っていた

日々の食事もままならず
餓死する者が続出しており
かろうじて生きていた者達は木の根を食べて飢えをしのいでいた


斗南藩の石高は三万石どころか七千石しかない


そんな斗南の窮乏を救うため
米の買い付けに奔走していた尚之助は

外国米を扱う外国の商人と
藩で収穫できる予定の穀物と交換するという
先物取引を行い

そこでこの取引の協力者の裏切りにより商品を騙し取られ
外国の商人からこの取引は詐欺であるとして訴えられる事となったのだ


そこで外国の商人は損害賠償として
尚之助にその命を下したであろう斗南藩に三千両もの額を請求した



だがその取調べで尚之助はこう答えた

これは藩命ではございませぬ
私の一存にて執り行った事にてございまする



斗南藩を取り仕切る
山川大蔵改め山川浩は藩士達の俸禄もままならないのに
ここで三千両もの出費は到底出来ぬものであった


更には雪により港が潰れ
交易により収入もままならぬ


そこで山川浩が下した決断は
これまで共に会津戦争を戦ってきた友を

自分がかつて愛した人の大切な人を


切り捨てる事であった



この冬さえ乗り越えられれば
会津はまた復活する


ただそれだけを信じて―――――




だが山川の目論見が大きく崩れた



新政府は廃藩置県を実行し
中央政府より派遣された者が県を統括する事となった

幕藩体制から新政府による中央集権体制を形成する

そういう名目はあったが
内実は幕府残党との戦争により多大な出費がかさみ
武士の俸禄を賄える余裕が新政府にはなかった


それを廃藩することで
藩士に対する俸禄を廃止することで
出費を抑えるという目的があった



必死に生き抜いてきた
幾多もの犠牲を乗り越えて

全ては会津藩復興のために

その藩がなくなる


山川浩はただ愕然としていた





富国強兵
殖産興業


会津藩士は新政府に入れられん

それで覚馬は木戸孝允に預けた

木戸は
京都府知事・槙村正直に山本覚馬を紹介して
彼と共に京都復興を推進していった






山本佐久を訪ねて一人の男がやってきた

会津藩士の野沢と名乗るその男は
山本覚馬の使いとしてやってきたと言う


木戸孝允預かりとなって
生活できるようになった覚馬は家族の者達を
都に出迎えたいと言う



死んだと聞かされていた覚馬が生きていた

八重も佐久も皆大いに喜んだ

だが何故覚馬が私達を探しに来ないのだろう


それ以上に八重らが憤りを感じたのは
覚馬には時栄という女性が傍にいて
彼女との間についこの間一子をもうけたと言う


佐久はなにはともあれ
覚馬のいる京都に向かう決心をした

八重も佐久と共に京都へ向かう決心をした


だが、うらは・・・

「おっかさま
おっかさまと八重さんで
みねを京都に連れていってくなんしょ
おらは行けねぇ」

「姉様を一人残してはいけね」

「覚馬の事を許せねぇか?」


「都の若い娘にヤキモチも焼かず
堂々としていられるんだべか


繰り言を重ねる
そんな情けねぇ母親の姿
みねには見せたくねぇ


それに私にもおなごの意地がありやす」


そうしてうらは会津に戻り
みねは佐久らと共に京都に帯同する事となった




数ヶ月の旅路を経て
八重と佐久とみねは京都に着いた



覚馬がいるという屋敷を訪ねた


八重らを出迎えたのは時栄だった



彼女が八重らを覚馬の家族と見止めて
「旦那様」と言った


それを聞いて
八重らは彼女があんつぁまの妻だと確信した


その時

「八重か?」

あんつぁまの声だった


あのとき
覚馬と会津で別れてから八重と佐久は9年ぶりに覚馬と再会した


しかし覚馬の様子がおかしい


母上・・・みねもいんのか?
母上申し訳ございませぬ
こんな身体になってしまって探す事も迎えに行く事もできねかった
すまねかった


兄は視力を失っていた


だから会津に帰ることすらできなかったのだ


兄に会ったら
文句のひとつでも言おう

そう思っていた

はずだった

でも八重の言葉から出たのは
兄が生きていてよかったという喜びだった


「あんつぁま
よがった!」


覚馬と佐久と八重
三人が抱き寄せる中


時栄とみねはその輪に入ることが出来ず
ただただ見つめているだけであった―――――






男尊女卑

男が決めた事に女は黙って従うしかない


それがこの武家の世のならわし


そういうのが
尚之助の行動と

梶原平馬の行動に描かれていました


夫がこうだと言ったら
妻は嫌だと思っても抗えない


二葉の場合はまだ面と向かって言われただけにあれですが
八重は文一通で三行半ですからね


それにこれまで武家で生きてきた者が
家族を養える自信がない

というのもあるのかもしれませんが

尚之助は訴訟事件の被告になっていたがために
それを八重に関わらせたくないため

こういう措置をとった


それはわかりますが

梶原平馬の場合
その後後妻をもうけてますからね

この辺をどう描くかでしょうね



後妻といえば斎藤一

斎藤一は高木時尾と結婚しますが

斎藤一は二度目の結婚です


時尾さんは初婚ですが; ̄∇ ̄



自分が斎藤一を主人公とした小説を読んだ限りでは
斎藤一は斗南藩に行って武家の娘を妻に娶るのですが

斗南の窮乏に斎藤の妻は餓死して

それから程なくして時尾と再婚するという内容だったかと思いますが


この作品ではその辺はバッサリのようです; ̄∇ ̄ゞ



それから最初は
八重の夫からの突然の三行半というショックに
うらが励まし

そして八重はその夫からの申し入れを受け入れる

うらの夫から
妾と子がいるというショックに
八重が励まし

そしてうらはその夫からの申し入れを断る


うらは夫が会津を出てから
9年も夫が帰ってくるのを待って
娘も必死に育ててきた


ずっと愚痴も言わずに耐えてきた

それなのにこの仕打


という感覚だったのでしょう


でも山本家のためにみねを覚馬の下に送る

そして自分は会津に残る


それがうらの女としての意地なんでしょう


ただ
もし覚馬の目が見えないという事を知っていたとしたら
事態は幾ばくかは変わっていたのやもしれません



そして9年ぶりに再会を果たした山本親子は感涙するのですが


生まれてすぐに父・覚馬と別れたみねは
覚馬の顔を覚えてない

だから
みねはその輪に入れない



八重と佐久と覚馬との感動の輪を

みねと時栄がただ見つめるしかないという構図が実に切ないです



今週のイラスト




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