SPドラマ 黒部の太陽

フジテレビ開局50周年記念ドラマ特別企画として出来たこの作品。

現場で事故が続き亡くなった方が出ていた。

そこで黒四建設事務所次長の滝山さんは
現場の士気を奮い起こさせるために熱弁を振るう。


力で自然をねじ伏せるのではなく
不屈の精神を以って耐えなければなりません。

この国の電力を作り出す事です。

更なる発展のために

既に多くの尊い命を犠牲にしてきました。

我々は代わって正さなければなりません。





御国のため―――――冗談じゃねぇ!!

俺は金輪際そんなもんに命を懸けません。

トンネルを貫通させることだけだ!

自分の意地と誇りのためにやっているんだ。

じゃなきゃ命を懸けれんでしょうが!

トンネルを抜くためにここにきてるんだ。
俺たちの仕事でここにきてるんだ。

国家だろうが未来だろうが
何の犠牲になるつもりもねぇ。

俺と一緒に働く者達に犠牲なんて言葉は使わないでくれ!!




こういう職人を感じさせる作品は好きですねぇ ̄▽ ̄



ちなみに勝地涼さんと深田恭子さんを見た時

「ユウキく~~ん ̄▽ ̄」って台詞が浮かんだのは私だけでしょうか(; ̄∀ ̄)ゞ


それと志田未来さんが白血病という設定について
綾瀬はるかさんを見た時、ふと「セカチュー」が浮かんだのは私だけでしょうか(; ̄∀ ̄)ゞ




この作品の脚本は「クライマーズ・ハイ」「風林火山」と
男臭いドラマの第一人者となっている大森寿美男さんです ̄▽ ̄




なので「ヤマカン」って言葉に思わず反応してしまいました ̄▽ ̄






公共事業。
うちの親父も祖父も
その親戚もドカタ(土木作業員)やってて

道路とかダムとか
そういう工事の下っ端やってました。


だから、父親が家にいたという記憶があるのは
自分が中学生くらいの頃ですかね。

それまでは1年に1回
父親に会ってたかどうかってくらいで。


で、中学から父親が家にいるようにはなったんですが

正直なところ、私はよそよそしい感じで対応してました(; ̄∀ ̄)ゞ



そんな親父と祖父が働いている現場に遊びに行った事も1,2度はありました。

そんな中で一番記憶に残っているのは

淡路島に行って建設途中の瀬戸大橋に上がって
あの場所から海を見下ろしながらボルトを締めた事でした。

それから磯に行って、やどかりとか取ったりもしました。


当時は四国と本州を繋ぐ初めての橋という事で
とても嬉しかった記憶があります。



ドカタの朝は早くて
それでうちの母親も軽トラで愛媛から父親の仕事場である高知とか
岡山とかに行ってたりしましたねぇ。

もちろんその時代に高速なんてもんはありません(笑)


この作品を見てるとなんかそんなことを思い出させてくれます。

懐かしかったですねぇ。


そうそう、自分が現場とか遊びに行ったり
父親の手伝いをしてた頃に

ああいう人、いたよなぁって。


それから

「山の神様は女だから、山の中に女は入ってはいけない」

うちのじいちゃんもそんな事、言ってました。


ああいう地下の工事は粉塵もスゴイですからねぇ。

それに地下だと気圧的なものもあって
身体の血管が閉塞してしまう減圧症

昔は潜水病って言ったりもしてましたが

その時はよくても年を経て
そういう影響で身体を悪くした方もおられたと思います。


よく、元請けの会社の健康診断で
下請けの年配の土木作業員の方々はもろひっかかってた記憶があります(笑)

それは数々の現場で仕事した勲章だって言ってた人もいましたがね。

うちの親父もその一人(笑)


だからって訳じゃないですが


苦労するのは下の人

上の人は負けるまで責任をとらない

負けてからでは遅いのに



と語るのも結構納得がいきます。




それと、こんな建設業専門の雑誌でもPRしてましたからねぇ。



なんだかんだ言って
このドラマで最近、ボロクソみたいな感じになっている
公共事業の良さを改めてもらおうっていうようなとこも感じられます。



まぁこうして、実際に公共事業がどのようにして成り立っているのか

特に下っ端がどんな風な環境で働いていたのか

見てみない事には分からないのですからね。


それを感じてもらうという事ではいい作品なんでしょうかね ̄▽ ̄

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