篤姫 第24話 「許すまじ、篤姫」

婚礼の日から10ヵ月後
いつものように五目並べをする篤姫&家定

刻一刻とハリスとの謁見の日が近付く。

でも、家定にとっては
言葉も通じぬ化け物と相対するのは不安らしい。

でも、篤姫にとってはそれは相手も同じ。
それに異国の者の暮らしとかも知りたいと言う。


謁見でそこまで異人さんと話しこむのかって
ツッコミは(つ´∀`)つおいといて




征夷大将軍としての威厳を保ったまま
異人と謁見するにはどうすればいいのか

その意見を家定は他の幕臣とかではなく
篤姫に求める訳で。


「そち以外に頼れる者がおられぬでのぅ。」


この言葉が篤姫にとっては嬉しかった訳で。

自分を信用してくれた。
そこで篤姫はその期待に応えるように奔走する訳なんですがね。



一方で政もエライ事になってきてます。




江戸に井伊直弼が戻ってきます。

これはあれですね。


参勤交代
これは幕府が設けた制度で
各地の藩主を定期的に江戸に出仕させるものです。
これにより1年毎に江戸と自国を行き来するようになります。



斉彬が薩摩から動けないというのはこの制度のためですね。

そこで自分の代わりに西郷に働いてもらうように
彼の役目を徒目付にして奔走してもらうようにした訳です。



早速江戸についた紀州派の直弼は
老中首座・堀田正睦に対して圧力をかける訳ですね。


一橋慶喜。
あの方を世継ぎにせんとする動き、ご存じかの。

これは将軍家に対する冒涜ではありませぬかな。
そもそも御世継ぎの一件では諸大名が預かるものではない。

一刻も早く次なる公方様を決めるべきでしょう。

それは紀州の慶福様をおいて他にはありませぬ。
慶福様は今の公方様の従兄弟。

水戸の七男とは格が違いまする。


ここでの「格」について
家定と慶喜も従兄弟同士なんですが
二人の場合は姉妹での従兄弟

一方の家定と慶福は男系での従兄弟

ここに格の違いがあるって事なんでしょうね。




その後、堀田は福井藩藩主・松平慶永と対面します。

事態を落ち着かせるために
将軍家跡目を定めおく事。

幕府の根本を改め
新しき旗印が必要かと。

それは一橋慶喜様。
あの方をおいて他にはおりませぬ。


彼が慶喜を推す理由のひとつとして

先代将軍・家慶は慶喜を一橋家に養子にして
家定ではなく慶喜を将軍にしようとした過去があります。

そういうとこもあるんでしょうね。




まぁ結局のとこ、堀田の意見は

「それは公方様の御意志に関わる事ですので
(; ̄∀ ̄)ゞ」


どっちにも煮え切らない態度を取る訳ですね。



そして、大奥の方でもその動きは活発していて
本寿院に不穏な動きがあるとみるや

幾島は奥女中の重野に本寿院や幾島の動きを探らせる訳ですね。





しかし、なんというかねぇ。
幾島は自分達の派閥を作るのに

「全ては御台様の思し召しと心得よ」

はっきり言って篤姫の意図とは関係のないとこで
完全に神輿として祀られています(笑)


大奥としては篤姫がその頂点にいる訳なんですが
幾島の場合は

斉彬>篤姫

ですからねぇ(; ̄∀ ̄)ゞ


ここに篤姫の悲劇が生まれていく訳ですね。




そして1857年10月21日

家定はアメリカ総領事・ハリスと謁見します。

立ったままでの謁見。

彼らは彼らの流儀を貫こうとする訳なんですが

目上の方に対して立って対面するという事は
日本においてはあってはならぬ事。

それを強く言えなかったとこに今の幕府を象徴してるのかもしれません。


そこで考え出されたのが、あの畳の山ってな訳ですね。

おかげで
皆の者達も溜飲を下げていたらしく
畳の山作戦は大成功って感じでした。


そして今回一番の盛り上がりはあれでしょうね。


ハリスの言葉は当然誰も分からない訳なんですが。



ハリスの妙な言葉を聞いたらムラムラしてきてのう( ̄▽ ̄)ゞ



多分これが一番のツボでしょう(* ̄m ̄)


そして見事カブいてみせた訳です。

ここは史実に残されている様子と上手く合わせた演出が光ります。



それから慶喜をハリスの謁見の場に同席するように
家定に御願いした篤姫ですが

なんか夫の意にそぐわない意見を敢えてしなければならないとこに
心苦しそうな篤姫の心遣いが見てとれますね。


使命と女心で揺れ動く篤姫です。


それから二人はこれからの日本について考えて見る訳ですが

とりあえず開国はしなければならないと思う訳なんですが
無理に開国をすれば国内で合戦が起きるために
慎重に事を進めなければならないと考える家定。


そして、篤姫は
攘夷派は自分達の意見を正しいとするために
都の帝に目を向けるであろうと。

水戸の斉昭の尊王攘夷論に同意しているのが
他ならぬ帝ですからね。

これは以前、篤姫が斉昭と面会するまでに
学んだ事にあったのかもしれません。



そして話題は慶喜に。

あのぅ、慶喜公についてはいかがだったでしょうか。


慶喜かぁ。
困った事にあの者が益々好きではなくなった。


何故にございます?

強いていえば勘じゃ。

勘にございますか。

今は少しずつながら日本国の将来を真剣に考えねばならぬと思うておる。
しかし、慶喜にはそうした思いが欠けているように思えてならぬ。

そちの父の意向には沿うてやりたいが皮肉なものよのう。


その言葉だけで嬉しゅうございまする。



その一方で篤姫と家定がよく会っている事に色々と思う方々がおありのようで。


1.お志賀の方

家定様と会えないから
代わりに家定様の御息災を祈って千羽鶴を折ってました。

なんか・・・イタイ気がしたのは自分だけでしょうか(; ̄∀ ̄)ゞ


ちなみに折紙の歴史ってのは結構古くて平安時代からあるそうです。
また、「伊勢」「小笠原」「今川」と流派もあり
秘伝とされてきたそうです。

引用先↓
http://senbaduru.sblo.jp/article/2496640.html

こちらの歴史もスゴイですね。

どちらにしてもこちらは自分の感情を抑える女性です。




2.本寿院

こちらは思ったことは即行動の女性です(笑)



常に自分の感情を吐き出していくとことかは
自分に正直なんでしょうね。

おかげで自分の意志ではなく使命とはいえ
母と呼ぶ方に恨まれるのは篤姫にとってはつらいのかもしれませんね。


ちなみに本寿院は明治18年に79歳で亡くなります。

篤姫が亡くなるのが明治16年ですから
これはかなりの長寿です。

彼女もまた篤姫と共に時代の流れを見つめていった女性の一人なんでしょうね。




こうして見れば
このドラマの作りは「女性が時代を作る」ってとこがあります。


そういえば今回登場した井伊直弼の井伊家も実はそのひとつだったりします。


以前の大河ドラマでも書いたのですが
戦国時代、井伊家は今川家の家臣でした。


そして井伊直盛の代になると彼には娘しか
いなかったので従兄弟の直親を自分の養子にするために
自分の娘を直親の許婚にしました。


  ●
  ●
  │
  ├───┐
  ●   ●
  ●   ●
  │   │
  │   │
  直   │
  盛   │
  │   │
  │   直
  娘===親


しかし、この後
桶狭間の戦いによって井伊直盛は戦死
後を継いだ直親は彼を快く思わない家臣の讒言によって
今川家に誅殺されてしまいます。

そうして井伊家の者達は次々に今川家の手によって殺害されてしまい


井伊家に残ったのは
直盛の娘で直親の許婚だった娘と
直親の子・虎松この時1歳。


  直    
  盛    
  │    
  │   直   正
  娘===親━┯━室
        │
        │
        虎
        松


しかも、直親の正室は今川家の重臣・松下氏と再婚したために
松下虎松となってしまったために誰も井伊の苗字を名乗る者が
いなくなってしまいます。


ここで遺された者達によって考え出された決断というのが



  直    
  盛    
  │    
  │   直   正
  娘===親━┯━室
  ↓     │
  直     │
  虎     │
        │
  ┌─────┘
  虎
  松


直盛の娘が「井伊直虎」と名乗って当主となり
直親の子・虎松を養子にする。



つまりは自分が当主となる事で井伊家を守ったって事です。


そして彼女は今川家を離反して徳川家に付きます。
その後、虎松は井伊万千代と名乗り、徳川家康の小姓となります。


この井伊万千代が
後に徳川四天王の一人であり「井伊の赤備え」の異名をもち
彦根藩初代藩主である井伊直政です。

一代で井伊家を再興するどころか
徳川家の譜代家臣まで成長させた直政の能力はもちろんの事ですが

女性でありながら井伊の当主となってまでして
家を守ろうとした彼女の存在がなければ
今の井伊家はなり得なかった訳です。


そして井伊家は
大老の職につける譜代の家として幕末まで続き
それが井伊直弼繋がる次第なんでしょうね。


そろそろ徐々に井伊家を含んだ紀州派の暗躍が露になってきそうですね。

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