功名が辻 第34話
捨て子を拾った千代。
千代はこの子を「拾(ひろい)」と名付ける。
・・・これだけでなんか嫌~~~な予感がする。
知ってる人は知ってるかもしれないが
淀(茶々)が生んだ子・鶴松は幼名を「捨(すて)」やったんよね。
その鶴松は3歳で亡くなりやす。
その後、秀頼が生まれるのだが、秀吉ら周辺は鶴松の幼名を捨にしたから
鶴松は早くに亡くなったと考え、秀頼の幼名を「拾」にした訳で。
・・・どうもなぁ。
なんかこの「拾」でひと波乱ありそうだな。
さてさて、今回一豊が任されたのは聚楽第行幸。
天皇を関白である秀吉の下に招きいれ盛大にもてなす事で
秀吉の御威勢を天下に知らしめる目的があったんやね。
そこで一豊は蹴鞠の練習をするんだが、どうも上手くいかんらしい。
最初の蹴鞠のシーンでは一豊に髭がなかった気がしたんだが・・・再放送で確認してみるかなぁ
で、千代の言葉通りに一豊は石田三成に教えを請うのだね。
いくら苦手とはいえ仕事は仕事だからね。
ところが佐々成政が肥後鎮圧に失敗し、その後の統治を
加藤清正、小西行長の二人に任したもんだから
・・・またふてくされたよ(笑)
加藤清正と小西行長は仲が悪い。
これは後々の朝鮮の戦いで対立するのだが
元々加藤清正は仏教徒に対して
小西行長は母親の代からのキリシタン。
そして加藤清正は寧々が育てた武将。
小西行長は石田三成と仲が良い。
で、加藤清正は石田三成と仲が悪い。
これだけで関が原での対立が見えてくるな。
ちなみに小西行長は関が原で敗戦後、切腹せずに斬首されたと。
キリシタンは自殺ができなかったためにね。
まぁ加藤と小西が肥後を得たという事で一豊は仕事をするのが嫌で
仮病を使うんよね。
でも流石は千代。
「仮病がバレた時は後が大変ですよ」
・・・その結果。
|д゚)ジー
まぁ何にせよ聚楽第行幸は無事成功という事で
千代の内掛けも天皇に誉められたようだしね。
さて、茶々は御懐妊し無事男の子を出産。
これにより秀吉の世継ぎが出来たと不安がる秀次。
でも、まぁ秀吉の男子誕生の挨拶では次の天下は鶴松様と申し上げるのだが、
秀吉に鶴松を後見する政事、軍略、器量に優れた人は誰かと問うんやね。
ここで秀吉が答えたのが
黒田官兵衛
その人なんよね。
この秀吉の着眼は面白いとこやね。
その彼は家督を長政に譲り隠居を願い出ると。
しかし、秀吉は常に自分の傍にいることを命じる訳やね。
本能寺の変の際、これで天下が取れる機会を得たと進言するんだが、
この発言により秀吉は官兵衛を要注意人物としたんやね。
また秀吉がキリスト教を禁止した令を出した際、
官兵衛は率先して棄教(今、信仰している宗教を捨てる事)するんよね。
この辺りに官兵衛のしたたかさを感じさせるわな。
そして秀吉は是ほど優秀な官兵衛に重要な職を付けなかった。
この点からも秀吉は官兵衛を警戒していた事が窺えますわな。
そして北政所と大政所のシーンはちょっと切なかったかな。
秀吉のために奔走してきたのだが、唯一出来なかった事。
―――秀吉の子を生む事。
英雄、色を好むと自分を言い聞かせるものの、やっぱ本音は悲しいもんだと思います。
さて、来週は副田さんが出てくるようですね。
そして豊臣時代では最後の戦となる北条攻め。
このお話で家康はかなりショックを受ける事は確実のようですね。
千代はこの子を「拾(ひろい)」と名付ける。
・・・これだけでなんか嫌~~~な予感がする。
知ってる人は知ってるかもしれないが
淀(茶々)が生んだ子・鶴松は幼名を「捨(すて)」やったんよね。
その鶴松は3歳で亡くなりやす。
その後、秀頼が生まれるのだが、秀吉ら周辺は鶴松の幼名を捨にしたから
鶴松は早くに亡くなったと考え、秀頼の幼名を「拾」にした訳で。
・・・どうもなぁ。
なんかこの「拾」でひと波乱ありそうだな。
さてさて、今回一豊が任されたのは聚楽第行幸。
天皇を関白である秀吉の下に招きいれ盛大にもてなす事で
秀吉の御威勢を天下に知らしめる目的があったんやね。
そこで一豊は蹴鞠の練習をするんだが、どうも上手くいかんらしい。
最初の蹴鞠のシーンでは一豊に髭がなかった気がしたんだが・・・再放送で確認してみるかなぁ
で、千代の言葉通りに一豊は石田三成に教えを請うのだね。
いくら苦手とはいえ仕事は仕事だからね。
ところが佐々成政が肥後鎮圧に失敗し、その後の統治を
加藤清正、小西行長の二人に任したもんだから
・・・またふてくされたよ(笑)
加藤清正と小西行長は仲が悪い。
これは後々の朝鮮の戦いで対立するのだが
元々加藤清正は仏教徒に対して
小西行長は母親の代からのキリシタン。
そして加藤清正は寧々が育てた武将。
小西行長は石田三成と仲が良い。
で、加藤清正は石田三成と仲が悪い。
これだけで関が原での対立が見えてくるな。
ちなみに小西行長は関が原で敗戦後、切腹せずに斬首されたと。
キリシタンは自殺ができなかったためにね。
まぁ加藤と小西が肥後を得たという事で一豊は仕事をするのが嫌で
仮病を使うんよね。
でも流石は千代。
「仮病がバレた時は後が大変ですよ」
・・・その結果。
|д゚)ジー
まぁ何にせよ聚楽第行幸は無事成功という事で
千代の内掛けも天皇に誉められたようだしね。
さて、茶々は御懐妊し無事男の子を出産。
これにより秀吉の世継ぎが出来たと不安がる秀次。
でも、まぁ秀吉の男子誕生の挨拶では次の天下は鶴松様と申し上げるのだが、
秀吉に鶴松を後見する政事、軍略、器量に優れた人は誰かと問うんやね。
ここで秀吉が答えたのが
黒田官兵衛
その人なんよね。
この秀吉の着眼は面白いとこやね。
その彼は家督を長政に譲り隠居を願い出ると。
しかし、秀吉は常に自分の傍にいることを命じる訳やね。
本能寺の変の際、これで天下が取れる機会を得たと進言するんだが、
この発言により秀吉は官兵衛を要注意人物としたんやね。
また秀吉がキリスト教を禁止した令を出した際、
官兵衛は率先して棄教(今、信仰している宗教を捨てる事)するんよね。
この辺りに官兵衛のしたたかさを感じさせるわな。
そして秀吉は是ほど優秀な官兵衛に重要な職を付けなかった。
この点からも秀吉は官兵衛を警戒していた事が窺えますわな。
そして北政所と大政所のシーンはちょっと切なかったかな。
秀吉のために奔走してきたのだが、唯一出来なかった事。
―――秀吉の子を生む事。
英雄、色を好むと自分を言い聞かせるものの、やっぱ本音は悲しいもんだと思います。
さて、来週は副田さんが出てくるようですね。
そして豊臣時代では最後の戦となる北条攻め。
このお話で家康はかなりショックを受ける事は確実のようですね。
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