天地人 第31話 「愛の花戦」

今回のあらすじをば。



●北政所殿と淀殿との女の「花戦」に越後・上杉家は振り回されました。

●プライドを傷つけられた北政所は淀殿の子・鶴松を毒殺しました
  鶴松が3歳で亡くなりました。

●たった一人の子を亡くしたショックで秀吉は壊れました。

●景勝がヒゲを生やしました。

●鶴松を失って数多の女性が淀殿から離れていきました。

●菊姫は北政所が気に入りませんでした。

●子を失って一人寂しくしてる淀殿を菊姫は気に入り二人は仲良くなりました。

●秀吉が諸侯に朝鮮出兵を命じました。

●戦は1年近く続き、日本の諸侯は次々に渡海しました。

●家康はお留守番&秀吉のお守りと称して兵力を温存しました。

●淀殿はこの戦を止めるために懐妊しました。多分、大野治長の∵(´ε(○=(゚∀゚ )

●この作品が兼続が主人公である必要は特にありませ(o ̄∇ ̄)=◯)`ν゜)・;'




なかなかネタとしても多いもんですね(゚Д゚)y-~~




淀殿と北政所との珍しい花戦の話は
NHKの番組でもやってた有名な話のひとつですからね。


でもって、それを越後と絡めると。


更に
子が生めないけど、女性の権力のトップに立つ事でそれをよしとする北政所よりも
子を失って権力を失い周囲の女性達が次々に離れて孤独になっていく淀殿に

かつて武田家の姫として上杉家に嫁いだものの
実家の武田家が滅んだ事で上杉家で孤立していったような心境を味わった
菊姫は似たような境遇を感じ、心を重ねていったという事ですね。






さて、後は気になる点が二つ




1つは自分が知っている限り、直江家の家紋って

亀甲に花菱三つ亀甲に三葉




でもって兼続の陣羽織の背中にあった家紋って私の見間違いでなければ

三つ亀甲に花菱



これだったと思うんですよ。



たしか、この家紋って淀殿の実家・浅井家ですよね(; ̄∀ ̄)

まぁこれが正しいのであれば全然いいんですけど

たしか浅井氏も直江氏も藤原氏の流れを汲む一族と言われているので
同じであっても不思議ではないんですけどね。


追記(2009/08/02)
新潟の地元紙よりこんな記事がありました。

来年のNHK大河ドラマ「天地人」の主人公、直江兼続(なおえ・かねつぐ)の
家紋が2種類存在し、ゆかりの長岡市与板地域で波紋が広がっている。

同市が3月に設置した案内看板にある「亀甲に三つ葉」と
地元住民が以前から観光PRなどで使ってきた「亀甲に花菱(はなびし)」の2つが混在するためだ。
住民は「観光客が混乱するのではないか」と心配し、住民になじみの深い花菱柄への統一を求める声も上がり始めている。

兼続の家紋は、花菱柄と三つ葉柄がそれぞれ伝わり、花菱柄は
上杉神社(山形県米沢市)にある兼続のよろいなどに見られ、三つ葉柄は
上杉博物館(同)所蔵の肖像画の着物に描かれている。

長岡市与板支所産業課は「博物館所蔵の肖像画は信頼性が高い」と判断し
関連史跡を案内する33カ所の看板や、新たに作ったパンフレットなどで三つ葉柄を採用。
「兼続が使った家紋に間違いないと思う」と説明する。

一方、住民有志は10年ほど前に作った観光用ののぼりなどで花菱柄を使用してきた。
同地域で土産物店を営む田中文雄さん(60)は「観光客になぜ看板の家紋が違うのか聞かれる」と戸惑う。
市政に住民の声を届けるため開かれた地域委員会でも委員の椛沢庄栄さん(54)が
「与板で親しまれてきたのは花菱だ。与板をPRするなら花菱に変更すべきではないか」と指摘した。
 これに対し同市は「現時点での変更は考えていない」とする。

上杉博物館によると、花菱柄はよろいや位牌(いはい)など複数に見られるが
三つ葉柄は同館の肖像画にしか見られない。その肖像画は1度焼失し、江戸後期に描き直されたものだという。
阿部哲人学芸員は、家紋について「三つ葉とする根拠は薄く、花菱だと考えている」と話す。

同じく兼続ゆかりの南魚沼市や上越市ではPRに花菱を使用。
関係者によると、NHKは大河ドラマで花菱を使う予定という。




2つ目は名護屋城に淀殿を連れていったような物言いがありましたが
実は淀殿以外にも連れていった女性がいたんですけどね。


さて、今回は淀殿以外の側室に関して久々にちょいと調べてみました。



ちなみに三日前から書いた内容なんですけど(; ̄∀ ̄)ゞ

でもって再来年の大河の予習も兼ねてますけど(; ̄∀ ̄)ゞ




淀殿のライバルとも言える女性は北政所にかぎった話ではなく

有名なのは松の丸殿の名で知られる竜子ですね。


彼女は名門・京極家で京極高吉の娘として生まれました。

彼女は若狭守護にあった武田元明に嫁ぐのですが

本能寺の変では武田元明は明智光秀と通じていたので
光秀方となり、竜子の縁を通じて京極高吉の子・高次も光秀方となります。



その後、武田元明は秀吉に討たれ、竜子は捕らえられるのですが
彼女は大変な美女だったそうで秀吉の側室になります。



伏見城の松の丸に住んだ事から『松の丸殿』と呼ばれるようになり

淀殿と同じく小田原城、名護屋城と秀吉と共に伴われていたそうです。
その事からも彼女もまた秀吉から寵愛を受けていた事が分かります。


また、そういう女の争いがうかがえるので有名なのは醍醐の花見です。


花見の席で秀吉の近親の女性達は輿に乗っていたそうで

一番目の輿が正室・北政所
二番目の輿が側室・淀殿
三番目の輿が側室・松の丸殿
四番目の輿が側室・三の丸殿(織田信長の六女)
五番目の輿が側室・加賀殿 (前田利家とその正室・まつとの子)
六番目の輿が加賀殿の実の母・まつ

だったそうです。


その席で秀吉は杯を北政所に渡します。

それを受けた北政所は次の輿にいる淀殿に渡そうとすると

「ちょっと、待ったぁ(゚Д゚)」


をかける松の丸殿。

松の丸殿「その杯はこのが受け取りまする!」

淀殿  「席順からすれば次は私なの!」


と、まぁ二人の女性の間で激しい杯争いがあったそうで。





末席にいた前田利家の正室・まつで

「それでは、このまつが」

と言って北政所からの杯を受けて、事態が丸く収まったそうです。

まつと北政所は仲がよかったそうですから
二人のコンビネーションは抜群だったんでしょうね。





この松の丸殿と淀殿の争いに関しては色々と理由があるんでしょうけど



秀吉に対する寵愛もあるんでしょうけど

ひとつには家格ですね。

淀殿の父親は浅井長政

松の丸殿の父親は京極高吉

で、浅井長政の家である浅井家は元々、この京極家の家臣なんですね。






なので、家臣筋の娘から杯を受けるなんて、みたいな事は
当時の常識としてあり得ないと松の丸殿は考えたんでしょうね。


ただ、それ以上に根深いものも色々とあるみたいで


系譜を書いてみると分かるのですが



            浅
            井
            久
            政
            │
        ┌───┴───┐
        │       │
        浅       マ     京
        井       リ     極
  市━━┯━━長       ア━━┯━━高
     │  政          │  吉
     │             │
  ┌──┼──┐       ┌──┼──┐
  │  │  │       │  │  │
  督  初  淀       松  高  高
        殿       の  知  次
                丸
                殿



淀殿と松の丸殿は従姉妹でございます。


で、更に淀殿の妹・初が京極高次に嫁いだ事で



            浅
            井
            久
            政
            │
        ┌───┴───┐
        │       │
        浅       マ     京
        井       リ     極
  市━━┯━━長       ア━━┯━━高
     │  政          │  吉
     │             │
  ┌──┼──┐       ┌──┼──┐
  │  │  │       │  │  │
  督  │  淀       松  高  │
     │  殿       の  知  │
     │          丸     │
     │          殿     │
     │                高
     初━━━━━━━━━━━━━━━━次



更に関係は複雑です ̄▽ ̄





ちなみに淀殿のもう一人の妹・督は秀吉政権下で一番の実力者である
徳川家康の息子・徳川秀忠の下に嫁ぎます。


こうして、淀殿の妹達はいい家柄の方へ嫁いで行ったって事ですね。





また、松の丸殿が秀吉の側室となった事で
京極高次は明智方についた罪を許され、秀吉に仕え
大名となり1595年には従三位参議の官位までもらっております。
(この当時の上杉景勝、毛利輝元の官位が従三位中納言)



また、松の丸殿以外にも



秀吉の側室の一人・甲斐姫は
北条氏の家臣で忍城城主だった成田氏長の娘で
小田原攻めの際に成田氏が篭る忍城は小田原城落城にあっても
最後まで篭城し続けたため、成田氏長は領地を召し上げられましたが
甲斐姫が秀吉の側室となった事で大名になります。



それから宇喜多直家の妻だったお福の方は
夫・直家の死後、定かではないですが秀吉の側室的な存在だったと言われ
その後、お福の実の子である宇喜多秀家は秀吉の猶子となります。
秀家の「秀」は秀吉から与えられたものですし
官位も従三位中納言を与えられ、最終的には
26歳で五大老の一人に任じられるのですからね。

他の五大老の面子が
徳川家康・前田利家・毛利輝元・小早川隆景・上杉景勝である事を見ると

秀家の出世にはお福が秀吉と密接な関係だったのではないかと思われます。



それと秀吉の側室・嶋子は
小弓公方である足利家の血筋にあり
自らが側室になることで当時断絶していた足利家を再興させたそうです。



また、秀吉の家臣・蒲生氏郷は妻が信長の娘という関係から
妻の妹=信長の娘を自分の養子として秀吉の側室にしています。
これが後の三の丸殿と呼ばれ、醍醐の花見で四番目の輿に乗っていた方です。

また、氏郷は自分の妹も秀吉の側室としています。
その後、氏郷は92万石の大名となり、秀吉から「羽柴」の姓を賜っています。




秀吉が無類の女好きだからというのもあるんでしょうけど

天下人の側室となった女性達は
それによって自らの実家の繁栄をもたらそうとする意味があったんでしょう。



でも、ただ天下人の側室になっただけではダメで
実家の繁栄を大きくするには自らがより天下人である秀吉の寵愛を
受ける事が必須だったのでしょうね。




何せ秀吉の側室の数は三百人もいたと言われていますから
その中で秀吉の寵愛を受ける女性はとても数少なかった事でしょう。


ただ、秀吉から寵愛を受ければその女性の縁者の繁栄に繋がります。

その寵愛が深ければ深い程に
縁者の繁栄の度合いも自身の強さも大きくなっていく。



これはこれで、女の華戦というやつなんでしょうね。





さて、次回は秀吉の養子・豊臣秀俊、後の小早川秀秋と
もう一人の養子・豊臣秀次が登場するみたいですね。


どんなキャラになるのやら ̄▽ ̄ゞ

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この記事へのコメント

2009年08月02日 22:52
今回は、あらすじが長いっっ!(^▽^

どうもね~。。。いっぱいネタはあったけど、
子どもが亡くなった悲しみとか響く物がなく。。。(-_-)
花を集める所だって、もっと面白くできるんじゃないか、とか。。。
ま、考えても仕方ありませんが~(^▽^;

京極さんは美人だし元々良家なんですよね。
北政所は正室で別格ですから、女の事を色々描きたいのならば
竜子くらいは出してみればいいのに、と思いますが、
どうも、出ないで終わるのかなぁ。。。
まぁ、豊臣家の事を描く大河ではないので、良いのかな、って
気もしますが。。。かと言って上杉家の事を
バッチリ描いているってワケじゃないのが不思議な所です^^;
ikasama4
2009年08月02日 23:09
くう様
今回は思ったより書くことがありました ̄▽ ̄

半分はネタなんですけど(; ̄∀ ̄)ゞ

まぁドラマがネタに走ってましたから
これはこれでまぁいっかなぁ ̄▽ ̄ゞ

>京極さんは美人だし元々良家なんですよね。
でもって従姉妹同士という事から淀殿と結構激しい
争いがあったとは思われるんですが
この作品では完全スルーですからね。

多分出ないでしょう ̄▽ ̄


でもって、北政所と淀殿の争いはなかなかでしたが
兼続の物語なのに、それを見せられてもって感じがしてねぇ。

>かと言って上杉家の事を
>バッチリ描いているってワケじゃないのが不思議な所です^^;
そうですねぇ ̄▽ ̄
ぐっさん
2009年08月03日 13:23
すごいですねーーー
SFurrow
2009年08月03日 20:20
今週は、あらすじが5行の倍くらいありますね(^O^)
でも
>この作品が兼続が主人公である必要は特にありません
わはは全く。ここに来る途中にYahooのニュースを見たら「パパの8割は子供のオムツ替えをやっている」って、つい目が止まっちゃいました(笑)
最近、ブックオフにも「天地人」が出回るようになり、立ち読みしてたら、原作には「立花宗茂」が登場するみたいなんですね。テレビはスルーかなぁ。この宗茂さんも確か婿養子で、奥さんかなりの猛女だったんでは?

秀吉の側室情報ありがとうございます。京に集められた各地大名の奥方たちのサロン外交(?)を描くという狙いはなかなかだったと思いますが、例によってやっぱり脚本に締まりが無いですね。越後から花を送らせたというのは史実だったのでしょうかね。
どうせなら、松丸殿くらいは登場してくれていてもよかったのにね~
京極さんは例の「蛍大名」ですよね。
虎ノ門のビル街の中に、京極家の江戸屋敷の中に勧請された讃岐の金毘羅宮が今でも健在で、寄進した江戸商人たちの名が彫ってある銅の鳥居は当時のものだそうですが、金毘羅参りを全国に広めたり、丹後ちりめんを名産にしたりと、けっこう各地に生き残って産業も活性化しているのは、京極さんなかなかやるなという感じです。戦国以前からの名家で関ヶ原後残った所はほとんど無いですものね。
やはり松丸殿、そして三姉妹の真中の京極夫人など、女性パワーがその基本にあったのでしょうか。再来年の大河では、この辺もちょっと期待しています。
遊人庵庵主
2009年08月03日 23:21
今週、大うけしたのは、ドラマのラストでお船のしょうもないセリフと兼続の「子供のために死ぬわけにはいきません」みたいなセリフに脱力し、紀行と次週予告が終わっての8時45分に流れた「刑事の時間2」の番宣。
「それでもあなたは愛を信じますか?」
さすが「裏・天地人」だ。いい仕事します(笑)。なんというタイミングかしら。

で、家紋の話ですが、なんかな~、微妙ですよね。
家紋が複数あるのは珍しくないと思うんですが、完全に商業デザインと混同されてませんかね。
まあ、真田の六文銭や島津の丸に十字、北条の三つうろこ、あと武田菱とか、持ち主ともどもわかりやすいインパクトのある家紋とちがって、「どっちでもいいのでは?」というのが外野の意見なんですが、現地の商工関係の方には切実な問題なんでしょうね。
なんせ、大河ドラマ一発で市内の案内板のデザインまで変るんですし(笑)。
ikasama4
2009年08月03日 23:32
ぐっさん様
どうもです ̄▽ ̄
ikasama4
2009年08月03日 23:33
Furrow様
今回は面白かったです。
あくまで淀殿と北政所の部分だけ注目すれば ̄▽ ̄
原作には立花宗茂が出てましたが、間違いなくスルーでしょうね。
もしくは名前だけが出るとか ̄▽ ̄

そうそう、奥さんはあの立花道雪の娘ですからね。

秀吉は無類の女好きですからねぇ。
300人なんて、無茶苦茶ですねぇ(; ̄∀ ̄)ゞ

まぁ豊臣秀次も秀吉に負けないくらいの
女好きでしたけどね(; ̄∀ ̄)ゞ

>越後から花を送らせたというのは史実だったのでしょうかね。
史実かどうかはともかく今回の作品に描かれているように
北政所が珍しい花を送らせてきたので
淀殿がその珍しい花をたくさん送らせ
自分の権威を知らしめたという話はあったらしいです。

>京極さんは例の「蛍大名」ですよね。
ですね(; ̄∀ ̄)

京極家といえば足利尊氏を支えた
佐々木導誉が先祖の一人ですからね。

金毘羅とかそういう部分は
ばさらの血なのかもしれませんね

それにしても松の丸殿くらいは出して欲しいものなんですがね。
とりあえず、そこは今後発表されるキャスティングでも
うかがえるかもしれませんね。
ikasama4
2009年08月03日 23:38
遊人庵庵主様
「リミット 刑事の現場2」はいいですよぉ。

愛と憎しみ。
これを徹底的に描くのですからねぇ。
こっちみたいに愛一辺倒じゃないですからね ̄▽ ̄


私も家紋が複数あるのは別段いいんですが
なんか、どこかの書籍ではこうだよって
書いてあるのに、別の書籍ではこうだよって
別の意見があったりして。

こういうのは書籍に書く以上
どっちかにハッキリして欲しいんですよね。

どうせ、浅井家と同じ家紋にするのであれば
兼続と淀殿を絡ませたお話を作っても
いいんじゃないのって気もするんですけどね ̄▽ ̄ゞ

>なんせ、大河ドラマ一発で市内の案内板のデザインまで変るんですし(笑)。
それはたしかにたまらんですね≧∇≦

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