ドラマ化して欲しい戦国武将 「北条幻庵」

北条家といえば
伊勢宗瑞(北条早雲)
北条氏綱
北条氏康
北条氏政
北条氏直と五代の当主がおりましたが、

その五代の当主全てに仕えたのが北条幻庵でございます。

幻庵と五代当主の生きた時代を表にしてみるとこんな感じ

幻庵は97歳といわれてますからねぇ。
この時代でのこの年齢はかなりの長寿です。


さて、まずは例によって北条家の系譜をまとめてみると



                         伊
                         勢
                         宗
                         瑞
                         │
                         │
                 ┌───┬───┤
                 │   │   │
                 北   北   北
                 条   条   条
                 幻   氏   氏
                 庵   時   綱
                         │
                         │
             ┌───┬───┬───┤   
             │   │   │   │
  綱━┯━━━━━━━━娘   氏   為   氏
  成 │            尭   昌   康
    │                    │
    │                    │
 ┌──┤  ┌──┬──┬──┬──┬──┬──┤
 │  │  │  │  │  │  │  │  │
 氏  氏  氏  上  氏  氏  氏  氏  氏
 勝  繁  光  杉  忠  規  邦  照  政
          景              │
          虎              │
                         │
       ┌──┬──┬──┬──┬──┬──┤
       │  │  │  │  │  │  │
       氏  氏  直  直  氏  太  氏
       則  盛  定  重  房  田  直
                      源        
                      五
                      郎




北条幻庵は北条早雲の三男と言われています。


幼名・菊寿丸
若くして僧となり箱根権現寺に入った後、京都・三井寺で修行をします。

その後、相模に戻ってから「長綱(ちょうこう)」を名乗り
箱根別当となり、この地域を支配します。

結婚して子をもうけますが、その子が夭折したため
甥であり北条氏康の弟に当たる氏尭を養子にもらいますが
程なく、氏尭も亡くなったそうです。

長綱にはその後、二人の息子が生まれましたが
1570年の武田との合戦で二人とも戦死したために
氏康の息子・三郎(上杉景虎)を養子に迎え、隠居して幻庵宗哲と号します。

それから三郎が上杉家に養子にいった後は孫に家督を譲ります。

北条家の長老的立場で
家中の中で最大の所領を有していたそうで

彼は1589年、97歳で死去します。

北条家が滅んだのはそれから8ヶ月後です。


北条幻庵は馬術や弓術に優れたと共に
父・北条早雲の家である伊勢家は作法伝奏を主としていたので
その作法伝奏を伝える後継者となったそうで甥・氏康の娘が他家に嫁ぐ際に
「幻庵おほへ書」という礼儀作法の心得を書き記した書を送ったそうです。




また、芸術にも優れていて
和歌・連歌・茶道・庭園等に長じており
北条五代の菩提寺である早雲寺の庭園は幻庵がつくったそうです。



また、手先も起用で馬に乗る時に用いる
鞍(くら)、鐙(あぶみ)作りの名人とも言われ
「鞍打幻庵」とも呼ばれていたそうです。


北条氏の本来の姓である伊勢氏は桓武平氏、維衝の後裔とも言われていますが
その中で伊勢貞宗は足利将軍の家臣で応仁の乱後、時の将軍・足利義尚によって
幕政の全般を統括する立場にあった方で詩文・和歌・連歌に長じていて
武家殿中の諸礼式、儀杖・兵杖の故実にも精通し、みずから鞍も作ったそうです。
隠居後は「貞宗聞書」「伊勢兵庫頭貞宗記」などの書をとりまとめた
伊勢流故実の大成者だそうです。

ちなみに故実というのは
古来からの先例に基づき、官職・儀式・装束などを研究し
それらに伴う公私の行動の是非に関する説得力のある根拠・規範の類を指すものだそうです。


北条早雲の元々の名は伊勢新九郎盛時で
彼の父は足利幕府に仕える家臣だったそうなので、
北条家=伊勢家にはそうした伊勢の血が流れているという事なんでしょう。


ちなみに「戦国ちょっといい話・悪い話まとめ」に掲載されていましたが
古河公方・足利晴氏の下に嫁いだ北条氏綱の娘が夫の死後に次のような歌を六首、詠んだそうです。



亡き跡を 嘆くばかりの 涙川 流れの末は 永き滝つ瀬

睦まじく 結ぶ契りの 睦言も むなしき空に 紫の雲

あはれさの あとに残りて あぢきなや あけぼの照らす 有明の月

満ち潮に み法の船の み(水)馴れざお 弥陀(みだ)の誓いと 身はなりにけり

たれも皆 頼みをかけよ 他念なく 他力の心 ただ仏なる

二つなく 不捨の請願 不思議やな 深き願ひぞ 不退とはなる



これを平仮名にしてみると

きあとを げくばかりの みだがわ がれのすえは がきたきつせ
つまじく すぶちぎりの つごとも なしきそらに らさきのくも
はれさの とにのこりて ぢきなや けぼのてらす りあけのつき
ちしおに のりのふねの なれざお だのちかいと はなりにけり
れもみな のみをかけよ ねんなく りきのこころ だほとけなる
たつなく 捨のせいがん しぎやな かきねがひぞ たいとはなる 

なかなかに面白いですねぇ ̄▽ ̄

この手の歌は伊達や島津でも見られるそうです。


北条家の歴代当主は歌をよく詠んだそうで
北条氏康は北条幻庵に添削を請うたと言われています。


こういう詩文・和歌・連歌の才能が北条家の方々には受け継がれていたという事なんでしょうね。




また最近、読んだ小説「千年の山の太子」では
幻庵の青春時代が描かれた作品で

修行のため、京に行って幻庵は
山本勘助と九英承菊と知り合います。

山本勘助はご存知、武田信玄の軍師ですが

九英承菊は出家して太原崇孚雪斎と名乗ります。
今川義元の軍師です。

ここで後の武田・今川・北条の軍師が揃い踏みという訳ですわな。


でもって、この作品では勘助は甲賀に住む兵法家に弟子入りします。


甲賀というのは新羅明神と繋がりがあり
新羅といえば新羅三郎義光(源義光)は繋がりが深く
新羅三郎義光の子孫のひとつに武田家があります。


それをツテに勘助は武田に仕えたという
なかなか面白い展開になっております。



そういう見方をすると
そんな北条幻庵に関しては北条家の陰の軍師とも
風魔の頭領とも言われていたりして

そういう方向で脚色すれば

表の顔は甥や孫達に詩文・和歌・連歌を教える北条家の好々爺のような長老

裏の顔は北条の忍・風魔を暗躍させる陰の頭領と


想像するだけで楽しい限りです


ついでに京で密教の修行とか加えたりしたら更に楽しいですねぇ ̄▽ ̄


まぁあまりディープにすると大河ではとても扱えませんので
ホドホドにしてもらうとして(; ̄∀ ̄)ゞ


他にも北条家と敵対するのは武田・今川に限らず
犬遣い・太田三楽斎に上総・安房の海賊を束ねた里見氏等々
敵対勢力にはこと欠かない状況ですからねぇ。


もちろん北条家の歴史の中で暗躍する幻庵を描いても面白そうですし
幻庵から見た北条家という視点で描いてもなかなかに面白そうです≧∇≦




さて、キャスティングに関しては
すぐに浮かんだのは小日向文世さんです。

物静かで教養がありそうな好々爺な感じがする一方で
不気味な感じも合わせ持つ幻庵のイメージが小日向さんと重なりました。



でもって若い頃の幻庵は柄本祐さんが浮かんでます。

伊勢早雲には夏八木勲さん
北条氏綱には風間杜夫さん
北条氏康には中井貴一さん
北条氏政には北原章介さん

てな感じでいかがでしょうかね(  ̄∀ ̄)ゞ



北条家を描いた小説はありますが
北条家を主人公にしたドラマというのはないので
是非一度大河ドラマで扱って欲しいものです。


まぁそうなると北条家の歴代当主が主人公にしやすいんでしょうけど(; ̄∀ ̄)ゞ

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この記事へのコメント

キッド
2009年07月06日 01:32
ikasama4様、こんばんは。

菊寿丸時代の上洛によっていろいろ妄想膨らむところでございますね。
また、箱根権現別当というところから
風魔一族との結びつきも窺われます。
まあ、なんといっても名乗りが幻庵ですからそそるのですな。
幻庵死して小田原も滅びる。
老忍に討手があったかもしりません。
百歳目前だったのに・・・。
幻庵おほへ書では
「座頭衆を呼んだ場合、なれなれしくしてはなりませぬ
座頭であって目が不自由でも男には他ならないのですぞ
女中たちに必ず立ち会わせるように心配りなされ」
という辺りがじいや感激の件でございます。

幻庵・・・心のじいやでございました。

なお、こちらの記事の末尾におねだり参考資料を
アップしておきました。
一週間ほどで削除する予定です。
http://kid-blog.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-11ad.html
ご照覧くだされば幸いです。
ikasama4
2009年07月06日 21:21
キッド様
こんばんはです。
やはり「幻庵」という名ですね。
ここに私もそそられます。

でもって、幻庵の死と共に
北条の歴史が終わるというとこに
幻庵が何かを持っていたのかなという
妄想をかきたてられます。

それでいて「おほへ書き」では
事細かい注意事項というかこの心配りに
好々爺のイメージがどうしても浮かんできます。

参考資料、どうもありがとうございます。
構図のひとつとして吟味させていただきます。
SFurrow
2009年07月09日 21:57
このところ何だかバタバタしておりまして、「北条幻庵」が取り上げられていたことを今まで気が付きませんでした。申し訳ござらぬ~~~
小田急小田原線沿線住民の私としては、常日頃から「北条五代大河ドラマ化」を願っているのですが(北条早雲に関しては、すでに正式に大河ドラマ化を望む会が出来て活動中ですが、私個人的には早雲だけでなく「五代」でやってほしいのです)、その語り手となるべき人物は幻庵以外にはいないと思ってました。
小日向さんはいいですね~。「風林火山」のときの諏訪頼重役の演技も素晴らしいものでしたが、キャラ的には、ちょっと頼重ってのは「俺のと違う~な~」(笑)と思っていましたので。幻庵はぴったりですね。
ikasama4
2009年07月10日 01:15
SFurrow様
いえいえ、お気になさらずに。
今後の予定として今週は「藤堂高虎」
来週は「北条氏政・氏照・氏邦・氏規」を
検討しております。

私も是非とも北条の大河ドラマをお願いしたいと
思っております。

その際の語り手はやっぱり幻庵ですね。

幻庵は小日向さんしか思い浮かばなかったんで
ぴったりだって言ってもらえて、嬉しい限りです
 ̄▽ ̄♪

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