天地人 「新発田重家との戦い その3」を勝手に妄想

天正13年(1585年)
景勝の下に真田安房守からの使者が届いた。

今まで上杉と敵対していた真田が何故、使者を?


そういぶかしながら、真田よりの書状を読んだ兼続はそのまま景勝の下へ向かった。


その書状の内容は

景勝に臣従する。
そのために昌幸の息子・信繁を人質に出すと。



この頃、真田は徳川、北条と主を変えながらも上杉とは敵対関係にあった。
その真田が我が上杉に臣従したいと言う。

おそらくは北条、徳川が同盟を結び
その際の真田の処遇に真田が不満を持ち、此度の申し出をしてきたのであろう。

そのために、此度の真田の動きに対して徳川が真田を攻めようとしているらしい。


景勝はそれを読み終わると
兼続に春日元忠を呼ぶように命じた。



間もなくやってきた春日元忠に景勝は尋ねた。


真田安房守とはどのような人物か。


春日元忠は元は武田家家臣で武田家滅亡の折
景勝の下に逃れ、直江兼続の側近となっていた。


真田安房守は幼い頃、信玄公に「我が眼」と称される程、可愛がられてきた。
その軍才は信玄公や安房守の父・幸隆殿と匹敵する程のものらしい。

また、一方で真田家は幸隆公亡き後
嫡男の信綱が真田家を継いだのだが、長篠の合戦によって戦死し
真田の家は存亡の危機に陥った事もあり

他家を継いでいた昌幸が急遽真田の家を継ぐ事になったと言う。





ふむ。




それを聞いた後、景勝はしばらく考え込んだ。



その申し出を受けよう。



景勝が真田の申し出を受けるとの返答を送ると
まもなく真田昌幸が息子・信繁を連れて自ら越後にやってきた。

「真田安房守でござりまする。」


弾正少弼景勝じゃ。遠路遥々御苦労である。
そこに控えておるのが―――――




「我が息子・信繁にございます。」

源次郎信繁にございます。


そちの名、「信繁」というのは


はい。信玄公の弟君・古典厩(武田信繁の事)様の名を父上が
是非にと私に与えて下さった名と聞き及んでおりまする。



ふむ。
よい名であるな。



はっ、その名に恥じぬように生きて参りたいと思いまする。


安房守殿はよい御子息をお持ちですな。


そう言って顔をほころばす兼続に対して
景勝は表情を変えず昌幸の方へ視点を向けていた。



真田殿。此度の申し出、御受け致そう。



「有難き御言葉。恐悦至極に存じまする。」




そういえば此度の話が既に徳川に漏れ
徳川殿は真田殿に向けて兵を動かしておるそうですな。



「その通りでござりまする。」





左様か。ならば此度は御子息共々国許に戻り
徳川との戦いを制してから後でも人質の件は構わぬ。



今は少しでも御味方が多い方がよかろうという景勝の配慮に真田安房守は眼を丸くしていた。


「この御恩、某は一生忘れは致しませぬ。」




真田親子が去った後、景勝は兼続と共にあった。






あの頃の我らも此度の真田殿と同じでございました。
なりふり構わずに武田と同盟を結びました。

それもこれも―――――



全ては御家を守るため――――か。


ならば、我らもまた御家を守るために戦わねばならぬな。



御意。



して、蘆名の方は。


今、蘆名は1歳の亀王丸君を当主とし
その奥方殿が後見に当たっておられまする。

そして、その蘆名の隙をついて伊達が動いておりまする。



伊達―――――か。
もし、伊達が蘆名を破れば。



次なる狙いは我らかと。


ならば如何に。


何もしません。


何もしないと。


はっ。いずれ伊達と対する者が現れてきます故。


伊達に対抗出来る者がおるか。


おりまする。


・・・・・佐竹か。



御意。




佐竹義重は蘆名とは敵対関係にあったが
一方で陸奥岩城領を治める岩城氏の当主・岩城常隆に妹を嫁がせ
自らはその当主の後見となって岩城氏の乗っ取りを行っていた。

岩城常隆の父は伊達晴宗の息子
すなわち岩城常隆と伊達政宗とは従兄弟同士である。

そのような岩城氏にこのような手を行ったのは
佐竹が自分の権威を東北へ伸ばすと共に伊達に対する牽制もあったのだと思われる。


そして、此度の蘆名の苦境において
伊達の力が大きくなる事を佐竹としては好ましく思ってはいないであろう。



兼続の読み通り
この年の10月、伊達政宗が蘆名氏の配下・二本松氏を攻めると
佐竹義重は二本松氏の救援として兵を進め、これに呼応するかのように
蘆名氏・二階堂氏・岩城氏が佐竹の求めに応じて反伊達の連合軍を形成して伊達と戦った。
その勝負は痛み分けとなっていた。



景勝は新発田を攻めるために春日山城を出立したのはそれから2ヵ月後の事だった。




蘆名の当主が急死した影響は
ここ越後の地にも大きく及ぼしていた。




天正13年6月
新発田方が守る水原城を攻めた
水原城の守将の一人が景勝方の内応に応じ
それによって水原城は落城


天正13年11月
あれほどまでに攻めあぐねた新潟城に対しては
かねてより親密にしていた商人に頼んで商船に兵を隠れこませて
新潟城付近に上陸し新潟城を攻めた

それを受けて新潟城はあっけなく落城した。


新潟津を占拠した事により新発田方への主な物資が絶たれる事となった。。



天正14年(1586年)
景勝は秀吉に臣従した事により
後方に憂いを残すことなく全力をもって新発田攻めに当たる事が出来た。
また、秀吉という強大な後ろ盾は新発田方への調略を優位にしていた。



そして蘆名では亀王丸が3歳で病死。
跡継ぎのない蘆名は混迷を極め、家中は
伊達家から養子を取る事を主張する伊達派と
佐竹家から養子を取る事を主張する佐竹派で二分され

その結果、佐竹派の主張が勝ち
佐竹義重の次男が蘆名の当主となったが

この時の家中の対立の火種が残り、それを伊達に突かれて
蘆名は滅亡の道を辿る事になるのはそれから3年後の事である。






戦局は景勝方に圧倒的に有利であった。






天正15年(1587年)
景勝は新発田方とも親交がある
青蓮院尊朝親王に勧告の使者となって新発田城に向かった。


「この期に及んで今更おめおめ降参し生き永らえてもそれは死に勝る恥。元より死は覚悟の事」


そうして新発田重家は景勝の勧告を断った。


その後、景勝は赤谷城を攻略し蘆名氏からの支援を完全に絶ち
周辺の城を次々と落とした事で新発田方の城は
新発田城と五十公野城だけになっていたが新発田方の抵抗は尚も続いていた。



その後、秀吉からの使者により
「もし重家が城を出て降参すれば、此度の罪を許す」と重家に伝えるように命じてきた。



それでも無理であろう。
いくら秀吉といえどもあの重家がそのような申し出を飲むはずがない。




そう思いながらも景勝は秀吉の使者を新発田城へ送った。




重家の返答はやはり景勝の想像した通りのものだった。





その後、秀吉は新発田重家を討伐するように命じた。


景勝は兵を率いて五十公野城を攻略し、後は新発田城を残すのみとなっていた。




そうして新発田城を上杉軍が取り囲んだその日。
新発田重家は城から撃って出て突撃してきた。


重家の戦い振りは凄まじく徹底的に斬りつけ周囲の味方の兵がいなくなった後

同族・揚北衆の色部の陣を見るや、重家はその陣に走り
「親類の誼を以って、我が首を与える」と叫ぶや

甲冑を脱ぎ捨てて腹を掻き切って自刃した。



そうして重家の死をもって越後は平定された。





その夜、景勝は落城した新発田城を眺めていた。


報せによると重家の子供達が新発田城から落ち延びたらしい。

景勝はその者達を処罰する事はしなかった。


魚津城と同じだな。


魚津城を守っていた将兵達は生きて恥をさらすよりも死をもって武士の誇りを守る道を選んだ。

それは重家もまた同じだった。

そのような誇り高き者の血は絶やしてはならぬという思いと共に
之ほどまでに長年に渡り戦ってきた重家に対して、血族を根絶やしにする戦国時代の慣習を
行わなかったのは、景勝が重家に対して敬意を払っての事なのかもしれない。





こうして生き残った我らは生き恥をさらすか。



生きているからこそ、その屈辱を晴らす道もござりまする。


生きていれば、か。
ならばこそ、我らはこの国をこの民を守り続けねばなるまい。



御意。



それから間もなく新発田と戦ったその土地は
何事もなかったかのように赤黒く染まった土を白く染め

また、つかの間の平穏を取り戻していた――――――。











つくづく思う。

わしに文才はないな(; ̄∀ ̄)ゞ





とりあえずどうにかこうにか
新発田重家の乱の終わりまでまとめてみましたが

蘆名の件はちと無理矢理でした(; ̄∀ ̄)ゞ




どうにかこれで新発田の御話が終わった事で

この妄想話もとりあえずはひと段落って感じです。




今後は気が向いた時と
関ヶ原でまた復活する予定でございます。

個人的には関ヶ原を書く前に最上氏とか伊達成実とか
おそらくドラマ本編では描かれないであろうとこのお話を書いてみようかなぁって感じです。


ではでは( ̄ー ̄)/~~

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この記事へのコメント

キッド
2009年05月24日 23:07
ikasama4様、こんばんは。
本編では越後内乱どこ吹く風で
ほのぼのホームドラマ展開でございますが
こちらは男たちの新発田の乱。
みんな死ぬんじゃろ~
お城と一緒に死ぬんじゃろう
(妄想村娘・蒼井優)
でございますな。

この後はほぼじり貧の上杉家。
しかし・・・お家を永らえたのは
この最後の粛清があったから・・・。

ある意味、さらば戦国時代なのですな。
もう・・・後は真田一家の健闘を祈るばかり・・・。
キッドは予告編に一瞬登場した
真田岩松了昌幸に最後の期待を托します。
何でもいいから・・・く、空気かえてください・・・でございます。
最後の頼みの綱が・・・
岩松・城田・長澤・・・不安といえば不安ですけれどもーっ。
ikasama4
2009年05月25日 00:12
キッド様
こんばんはです。
ホント、本編は新発田の御話が完全に立ち消えですからね。
男臭いドラマはこの作品は皆無ですねぇ。

どうしても尻に敷かれる男性を描きたいみたいです。

妄想村娘、いいですねぇ ̄▽ ̄

何にしても景勝の権力基盤を固める上で
新発田ら、反景勝派(景虎派)の抵抗勢力を
討ち取る事が不可欠だったんでしょうねぇ。

真田一族ですかぁ。
チラッと私も予告を見ましたが
岩松さんのオヒゲ姿、あまり似合ってなかったので
すっごい不安がいっぱいです(; ̄∀ ̄)ゞ

多分、次回彼らの公開するとしたら
真田太平記のやつになると思います(; ̄∀ ̄)ゞ

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