篤姫 第6話 「女の道」

南国薩摩で自由奔放に育った於一。

そして薩摩藩主・島津斉彬と出会った。


間もなく父にお殿様からある申し出があった。
「於一を我が養女としたい」


そして於一をとりまく状況は一変していく。




お殿様の申し出に
父や母、菊本も大層誇らしき事をしきりに喜ぶ


ただ、於一はその実感がなかった。

まるで自分が自分ではないような気がして。


それにお殿様の養女になるという事は
生まれた家を去る事であり

父上にも母上にも尚五郎さんにも
もう会えなくなるという事。

それは私にとって本当につらい事。

そして何より
お殿様は自分のどこを気に入ったのか。
何のために養女にしたいのか。

誰も私の疑問に答えてくれる者がいなかった。







「尋ねてみればいいじゃないですか」

そんな自分に光を照らしてくれたのが尚五郎だった。


これから父と娘になろうという間柄。

ならばこそ、お殿様にお聞きすればいい。


その言葉に於一は参った。
本当に尚五郎さんは腕を上げられた。

最初の頃、あんなに囲碁も弱かったのに
今では於一にも勝てる程に腕を上げられていた。



つい数日前までこんな風に




埴輪のような状態だったのだけれども(笑)






そして於一はお殿様にお目通りする日を迎えた。




於一は斉彬に尋ねた。


何故そなたを養女に望んだか?
答えはそなたがそういう姫じゃからじゃ。

何事も納得がいくまでとことん突き詰める。
そんな姫の性格が面白いと思うたのじゃ。

わしは江戸で「腹の底を見せぬ男」じゃと呼ばれておる。
友からもそう呼ばれておる。

父親との確執がわしをそうさせてしまったのかもしれぬがな。

実の弟もわしをそう思っておった。
そして、弟はわしの下から離れていった。

淋しいものよ。

淋しいと言えばこれまで6人の子を亡くし
今は幼き子がいるのみ。

これも自分自身が招いた事なのであろう。


しかしな。

そなたには二心がない。

だからこそ安らぐ。


そして訳はもうひとつ。

そなたはわしの母に似ておるのじゃ―――。




島津斉彬の母・周子(弥姫)は鳥取藩主・池田治道の娘で
斉彬の父・斉興と婚約した折、周子は嫁入り道具として
「四書五経」「左伝」「史記」等々を大量に持ち込んだとして
当時の薩摩藩の家中を驚かせたと言う。

そして子育ては当時、乳母に任せるのが普通だったのが
自ら母乳を与えて斉彬を育て、自分が好きだった
「四書五経」「左伝」「史記」を斉彬に読んで自ら説いていたと言う。

優しく賢く、また風変わりな母。

斉彬はそんな母の面影を於一に見たのだった。


これで於一は腑に落ちた。


彼女もまた母から大事な事を色々と教えてもらった。


私はお殿様の養女となる。

他の誰でもない私の一存にて。





そして、自宅に戻り父と母にその事を報告する。


そんな喜びに包まれた今和泉島津家に突然の訃報が訪れた。



奥女中・菊本の自害。

今までずっと自分を育ててくれた
まるで祖母のような存在だった菊本


それが自ら命を絶った。



出掛ける前、私に菊本が語りかけた。


御養女の件、於迷いなさりますな。
女の道は一本道にござります。

宿命に逆らい引き返すは恥にございますぞ。




於一輿に入る。


そして輿の襖を閉じた。



それが菊本を見た最期の姿だった。




どうして?
どうして?
何故死ななければならなかったのか?


いつも自分達と一緒にいた
それが当たり前だと思っていた人の死に
於一は自分がいる天地がひっくり返ったような感覚に陥っていた―――。





あれはいかんわ(T▽T)



ドラマのあらすじを読んでいたので
その時には何ともなかったのだけど

ドラマの状況を見ていると自然に涙が溢れるな。



このブログでも何回か既に書いているけれど



自分が14歳のある日、祖母は自殺しました。

家に帰ると家の周りがパトカーで取り囲まれていた。

何があったのか自分は戸惑った。


自分に気付いて母親が近付いてきた。
母は顔色が青くなっていた。



祖母は首を吊って亡くなったと言う。

でも、自分はその姿を見なかった。

見てはいけないと止められたから。



どうして?
どうして?
何故死ななければならなかったのか?


いつも自分達と一緒にいた
それが当たり前だと思っていた人の死に
自分は自分がいる天地がひっくり返ったような感覚に陥っていました。



今までその事実は思い出す事はあっても
その時の記憶までは思い出す事はここ数年は全くなかったと言うのになぁ。


於一の年齢が近いのと
於一の菊本に対する関係が

自分が経験した状況と似ていたから思い出したんでしょうね。




さてさて、話を戻して

どうして菊本が自害をしたのか。

多少、次回の話の流れが知っているので
ちょっとネタバレなとこもありますが(; ̄∀ ̄)ゞ



彼女は自分が低い自分が於一を育てたという過去が
将来、島津家の娘となる於一の障害となるかもしれない。

それを消すために亡くなったようです。


臣として主のために死んだ


という事のようです。

これは朱子学の思想が大分にあるような気がします。


この物語の時代には朱子学という学問の基礎が広まっていたようです。
今回は朱子学とその朱子学が作り出したものを書いていくのですが

今回まとめた内容には差別的な用語を含んでおります。

あくまで説明の上で掲載しておりますので
その辺り、どうかご容赦願えればと思います。



まず、朱子学というのは
中国は南宋の時代の朱熹によって
儒教に仏教思想の論理体系、道徳を絡めた
学問=朱子学が始まりとされています。

まず、基本的な概念として
宇宙は「気」によって構成されており、
さらに「理」の原理によって成り立っているために
宇宙には秩序がある。

つまり、「理」があって「気」があるという二元論という考え方のようですね。


これがこの考えに合ってるかどうかはとっても不安ですけど(; ̄∀ ̄)ゞ

三角形は「一直線上にない三点をそれぞれ結んで出来る図形」

これを「理」とすれば
三角形を構成する線、これは「気」に喩える事が出来るってとこでしょうか。

つまり三角形の「定義」があって三角形という図形が成り立つ。

まぁそういう事ではないでしょうかね。



さて、そんな朱子学が日本に伝来したのが鎌倉時代と言われています。

日本の方々はこの朱子学のある一部の理論を大いに取り入れました。



それが大義名分または名分論と言われるものです。

基本的には君臣・父子の上下関係の秩序の強調です。

つまりは人は身分をわきまえた行動をしなければならないってやつです。

そして、こういう記述があったそうです。




正当なる支配者は常に絶対の正義である

反抗するものは常に絶対の悪である

従って悪は滅ぼさなくてはならない

当然ながら正義である支配者に忠誠を尽くすのは絶対の善になる



引用その1:http://www9.wind.ne.jp/fujin/rekisi/nanboku/shusigaku.htm




この理論の背景には
当時、中国は宋という国が金王朝に攻められ
宋の首都を攻め取られてしまったという歴史がありました。

朱熹は宋の人なのでその状況を打開するために
このような理論を主張したそうです。

負け犬の遠吠えとも見えますが
自らの正当性を主張したかったって事なんでしょうね。
「正義は自分にある」ってね。



後醍醐天皇や楠木正成がこの朱子学の熱狂的な信者だったそうです。

後醍醐天皇や楠木正成の時代というと
鎌倉末期であり足利尊氏と己の正当性をかけて
天皇が二人いるという南北朝時代をつくりあげたのですからね。

そんな二人がこの朱子学の大義名分の熱心なる信者だったのも頷けます。



そして江戸時代でもこの朱子学が国学として定着します。

その時にこの朱子学を用いて幕府はある制度を確立しました。

それが「士農工商」そして「えた・ひにん」です。

「士農工商」は中国は春秋戦国時代において既にあった言葉だったそうです。

「士」というのは支配階層
そして「農工商」は支配される階層という事になります。

何故、「農」が「工商」より上かというと
「農」は土地に根ざして食べ物を生み出す国の礎と考えられてきたからです。

今の日本はこれが正に問われているとも言えますけど(苦笑)



幕府はこの「士農工商」の身分制度を採用します。

そしてもうひとつ採用した身分制度。
それが「えた・ひにん」です。



「えた」と「ひにん」は「士農工商」の更に下の身分制度です。

漢字で書くとそれぞれ「穢多」と「非人」です。

意味は「穢れ(けがれ)多き」と「人に非ず(あらず)」から
来ているのでしょう。

大体おおまかには
その「えた」は不浄・不潔な仕事をしている人を
「ひにん」というのは犯罪者や浮浪者を指したそうですが

地域によってはこの「えた」と「ひにん」に違いは殆どなかったともされています。



明治時代になってこのような身分制度はなくなりましたが
「部落問題」または「同和問題」との名前で今でも残る問題です。

引用その2:http://www.t3.rim.or.jp/~miukun/pacific22.htm



何故、江戸幕府がこのような身分制度を作ったかというと
結局、「戦国時代」に戻ってしまうのが怖かったからなんでしょう。


戦国時代というのは才覚ある者が時として天下に覇を唱える事が出来ました。



一介の商人から大名になった斉藤道三や
百姓から天下をとった豊臣秀吉と言ったように。


幕府は才覚ある人、実力ある人が幕府を倒すのではないかと考え
身分によって縛る事でそれを防ごうとしたのではないかと思います。


また、この「えた・ひにん」という身分制度は
奈良時代からあったとされています。

この辺りは「日本神話」に由来するとも言われていますが


朱子学には
「理は根本的実在として気の運動に対して秩序を与える」

この時、この理を究明する事を「窮理」と言ったそうです。


おそらく幕府はこの「窮理」によって
このような身分制度は突き詰めて「日本」が生まれし頃より
このような身分制度があったので今正に原点回帰したのだと
自分らにとって実に都合のよい解釈をしたのだと思います。

つまりは「大義名分」ってやつですね(苦笑)



まぁそうして江戸幕府は300年に渡り長期政権を続けてきたのですが
皮肉にも幕府はこの朱子学によって滅ぼされたとしても過言ではありません。

江戸時代の中期頃になると国学が流行ったそうです。


国学というのは日本独自の文化、思想、世界観を
日本の古典や古代史の中に見出していこうとする学問だそうです。

そのため、中国から来た儒教・朱子学には否定的だったそうです。

これにより「古事記」「日本書紀」から古き人の考え方が明らかになります。

古き人達は天皇を崇拝していました。
「日本神話」で神が産み落とした子が天皇になった事で
天皇こそが神の血統を受け継ぐ正統なる神の存在として考えられていました。



そして先程にも述べた朱子学の理を究明する「窮理」

この古き人達の考え方に「窮理」を用いると

本来、我々は天皇を敬わなければならないのに
幕府は朝廷を敬うどころか法で縛ったり役人まで配置して監視したりしている。


これは朱子学の名分論の

「君臣・父子の上下関係の秩序」に反しているのではないかと。

だから、今こそ理を正さなくてはならない
だから、今こそ天皇を敬わなければならない

つまり「尊王」が生まれた―――のではないかと思います。

幕末で思想家として有名な佐久間象山は朱子学を学びました。
そして、佐久間象山の弟子の一人に吉田松陰がいます。
そして吉田松陰に学んだ人物として
桂小五郎、高杉晋作、伊藤博文、山県有朋、久坂玄瑞等々
幕末・明治維新で活躍した人達をたくさん輩出しています。

彼らの原動力の根底には尊王―――朱子学の思想があったと思われます。


途中で調べるのがたいぎぃなったので(; ̄∀ ̄)ゞ
少々自分の推測も混じってますが
こうした「理」論が生み出されるのは
結局、自分に都合のいい解釈が為せる業なんだと思います。

そうして「理」論を提唱して広め
大勢に認めてもらえれば、その「理」論を背景に
自分が思う正しい事を行う。

これぞ今で言う「大義名分」が形成されるのでしょう(笑)



こうして見ると朱子学の思想は
幕府の形成する上で必要不可欠な思想であり
また、幕末の原動力に必要不可欠な思想であったと言えます。


その一方でその朱子学の思想は
今に至るまで「部落問題」という負の遺産を築いています。


「部落問題」を調べてもらうとよくわかりますが
「部落」というだけで誹謗中傷され、そのために
自殺をした人もいるそうです。



ダラダラと寄り道もしましたが(; ̄∀ ̄)ゞ
菊本が自ら命を絶ったのは

於一様が崇高なる身分の人となる
だけれども於一様を自分のような「穢れ多き」身分の低い自分が
育てていたという事実が知れれば
於一様にその「穢れ」が降りかかるかもしれない。

だから。

それが臣としての君主に対する務めだと。


そう、菊本は考えたのかもしれませんね。


菊本が選んだ道は「女の道」というよりも
それは「臣の道」なのかもしれないですね。



幕末の朱子学の都合のいい思想を用いて
明治維新という新たな時代を作り上げてから
140年は経っています。


しかし、江戸幕府が作り上げた朱子学の都合のいい思想を
つかって作り上げた身分制度は250年以上の年月によって
定着し続けました。


それが「部落問題」「同和教育」と名を変えて
未だに残っているという事実があります。



道具もそうですが
思想もまた人の使い方によって

自分の武器にもなれば

人を傷つける兇器ともなるという事を


よくよく覚えておかないといけないという事ですね。

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この記事へのコメント

2008年02月11日 16:43
ikasama4さん、こんにちは。
そうでしたか・・・少年時代に随分辛い思いをされたんですね。
まあ、ワタシも病気ででしたが、母が急死したときはやっぱりショックでしたね・・・「どうして死んじゃうの?」って。オトナになってからですけどね。
でも毎日普通に顔を合わせていたのに「なんで?」っていう気持ちがいつまでも拭えませんでしたね。

>「部落問題」または「同和問題」
これね、高校生くらいまで知らなかったんですが、現在も残る問題ですよね。こんなに「グローバル化」した時代とかなんとか言いながらもいつまでも「人権問題」って残るんですね。人間の中に「優位性」を持ちたがるDNAがあるんでしょうか?
菊本も桃太郎のとこじゃなく、尚五郎のとこに於一が嫁ぐなら、普通にくっついて行って、尚がちょっとでも偉そうな態度を取ったら「姫様に向かって無礼者!」とか叱り飛ばせたのかなあ・・・と思うと・・・悪いのは桃太郎?
2008年02月11日 17:35
こちらにすみません^^;
今日はとてもよく特徴を捉えられ、渋くて素敵な岡田准一君を届けてくださってありがとうございました♪
PEx4の方に飾らせていただきました♪
ikasama4
2008年02月11日 18:06
なおみ様
こんにちはです。
自分では今は別段「つらい」とは
思ってはないんですけどね。

あの頃を思い出すと
ちょっと泣きたくなりますかね。

「部落問題」は未だに根深い問題として
残っていますが、その根源を辿ると
江戸時代から来るそうです。

いわゆる負の遺産ですね。

>人間の中に「優位性」を持ちたがるDNAがあるんでしょうか?
たしかにそうなのかもしれませんね。

たしかに於一が尚五郎に嫁ぐのであれば
菊本があのような最期を遂げる事はなかった
可能性が高いでしょうね。

そう考えると・・・やっぱ桃太郎でしょうかね(; ̄∀ ̄)ゞ
ikasama4
2008年02月11日 18:07
小雪様
どうもです。
自分が思う岡田准一らしい
透明感のある感じの顔を描こうとも
思ったのですが、渋い感じがある顔に
挑戦してみました。

個人的にはもう1,2枚チャレンジしようかと(; ̄∀ ̄)ゞ

飾って頂きどうもありがとうございました。
2008年02月11日 19:06
締め切りまで、まだ日にちがありますので、またお届けくださいね~♪
ikasama4
2008年02月11日 21:05
小雪様
わかりました。
ただ、自分はまずかなりの確率で
同じ構図にチャレンジすると思います(; ̄∀ ̄)ゞ

とりあえず締め切りまでボチボチ
頑張ってみますねε≡≡ヘ( ゚∀゚)ノ
2008年02月11日 22:34
ikasama4さん、こんばんは。

菊本の自害は、原作にもでてくるのできっと事実だったんだと思いますが…。
現代からみると、「それで死ぬなんて!」と思うのですが、やはり教育からくる縛りというのは大変大きなものがあったのでしょうね。

原作によると、菊本は下士、いわゆる郷士の家出身だったということです。幕末も押し詰まってくると、中村半次郎とか、城下士にまじって働いて「今にみておれ、上士に負けない!」とか言ったりしますけど、菊本は古い女性…。それにこのころはまだ絶対的な身分の差の意識が、どちらかというと下のもののほうに強かったのでしょうね。
自分のような下層の者が侍女として使えていたとわかれば、お姫様に傷がつくと。
それだけで、自害まで人を追い込むしまう身分差社会の残酷さって、なんなんだろうと思いますが。

朱子学も突き詰めると尊王論になって、攘夷運動の論拠になって、最終的に幕府を崩壊に追い詰めるというのは、おもしろいです。
ikasama4
2008年02月12日 00:41
遊人庵庵主様
こんばんはです。
以前の回でも西郷や大久保ら下級藩士が
上級藩士である尚五郎を怪我させる行為は
はっきり言えば処罰されても仕方がなかったでしょうし
何より下級藩士が上級藩士と関る等とは
あり得ないというか「あってはならない」事
だったのかもしれないですね。

ましてや
薩摩は男尊女卑が色濃く残っていたと聞きます。

そういう格差が
人の命の重さを軽くしてしまうのかもしれません。


この当時の朱子学というのは色んなとこに
影響を生み出しているようですからね。

朝廷にも水戸藩にも長州藩にも

幕府を安定化させるために朱子学を用いたのに
結果的に朱子学によって倒幕してしまうのですからね。

世の中は思惑とは正反対の結果を生まれる事で
成り立っているとこがありますね。

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