篤姫 第5話 「日本一の男」

斉彬より思いもかけぬ贈り物が届いた。

それは日本外史。
つまり史書だった。


先日、於一が斉彬様にお目通りした折に史書を好むと言った。

それで斉彬様が直々に於一に贈り物をしてきた。

これだけで斉彬様が於一をかなり気に入ってくれている事がわかる。




上様にとって面白い姫=父親にとってとっても不安な娘



そんな於一ももう17歳。

もういつ嫁に出てもおかしくない年齢。


でも当の本人に嫁になる気はない。


短きものは花の命と女の盛りというものの


縁談にはとんと興味がもてない。






そんな於一の将来を思い悲観する菊本に





息を切らして自宅に戻ってきた忠剛が於一の縁談を持って来る。


於一の縁談。
しかし、問題は忠教の子であるという事。

つまり斉興派、かつての敵対勢力という事。


今は表向きは平穏に見えてもいがみ合いは続いておる。


だから、もしこの縁談が成れば寝返ったと謗られる


しかし、家柄としては相手の方が上。

しかも相手の父親が斉彬様の弟君なので
もしかすれば斉彬様がこの縁談をお認めになるのかもしれない。



とっても頭の痛い申し出。


そんな父が事態を回避するために思いついた策


Q.上様の側室では?(夫)


A.No(゚Д゚)!!(妻)


いつになくブチギレです(笑)




でもって、その縁談の話は尚五郎はかなりショック━━━━(゚д゚;)━━━━!!

その縁談を回避する方法とは。

1.殿様の側室に差し出す

2.別の相手が現れる&その別の相手が殿様の眼鏡に叶う




・・・(; ̄∀ ̄)





ペンネーム「優柔不断」さん(17歳)からの質問です。


Q.
自分の好きな女性に縁談の話が参っています。
縁談相手はその家とは以前まで対抗していた家柄だったので
その女性の父親はその縁談に反対のようですが
もし、それが殿様に認められれば
その女性は他家に嫁いでしまいます。

自分はどうもその女性が好きみたいなんですが
自分の好きな人の家柄は私の家柄よりも上。
どうしたらいいでしょうか?



A.
それならば諦めた方がよかろう。
身分の差を気にしてためらうくらいならば。

本当に好きならば
ハッキリ嫁にもらいたかと言うのです。

人事を尽くして天命を待つ。
まずは人事を尽くしましょう。

そして縁組を願い出るのです。
(大久保正助&西郷吉之助)



思い立ったら吉日
ε≡≡ヘ( ゚∀゚)ノいざ島津忠剛宅へ








於一様を妻に頂きたいのです(≧_≦)ドキドキ


於一様と・・・何卒お願い申し上げます。


於一様は言いました。
日本一の男の妻になりたい。
日本一の男と一緒になりたいと。

私は自分が日本一の男になれるかどうか何度も問いました。
でも、どうしてもその自信がもてませんでした。

でも、気付きました。
大切なのはなれるのではなく
何としてもなってみせるのだという思いだと。

それでここに来る自信を持てました。
私は日本一の男になれるのではなく
日本一の男になりたいのです。

どうか、お許し下さいませ。



その心意気に忠剛は惚れたみたいですね。
「縁談の件、キッパリ断って参ろう。」


まぁこの申し出は忠剛にとっては

渡りに船、地獄に仏ってやつでしたね。


万が一、上様の命があったとしても
それで自分にとって不利な縁談を結ばなくてすむという
政略的な部分があったみたいですが
お幸は尚五郎様の気持ちに心を動かされたようですね。










しかし、事態は忠剛やお幸の推測の範疇を遥か上をいっていた。











斉彬「於一をこの斉彬の養女としたい。本家の姫にしたいのじゃ。」



忠剛「本家の姫に・・・於一を・・・(゚Д゚)?!」










於一の知らないところで彼女の運命は大きく動いていく―――。




この頃の時代に限った話ではないですが
この頃は男女の結婚というのは

男性と女性が互いに思い合って結婚するというのではなく

その父親の思惑によって結婚相手が取り決められていました。
政略結婚ってやつですね。

その上でも結婚には家柄が重要視されていました。

それが男性にとっても女性にとっても当たり前だった時代。

だから、相手が好きでなかったとしても
女性に相手を拒否する事は出来なかったって事なんでしょうね。





だから、母と娘の会話は印象的に映ります。



於一「母上にとって父上は日本一の男ですか。」

お幸「ええ、日本一です。」

於一「そうですか。」

お幸「でも、最初からそうだった訳ではありませんよ。色々あって・・・今ではかけがいのないお方になったのです。」

於一「一緒になる以上、精一杯その努力はするつもりです。でも・・・・」

お幸「あなたにとっての日本一の男ではないとあなたには分かるのですね。」

於一「・・・わかります。」

お幸「そうですか。」

於一「私はわがままなのでしょうか。」

お幸「いいえ、そなたは正直なのです。」




母もかつて娘と同じように悩んだ時期があったって事みたいですね。




ただねぇ。
これを実際の年齢に照らし合わせると

篤姫の年齢は17歳(1836年生まれ)なんですね。









この時、島津右近の年齢を計算すると










12歳(1841年生まれ)という事になります。


・・・最近の若者は進んでますね(; ̄∀ ̄)ゞ








さて、今回新たに登場した男・ジョン万次郎

彼は元々は土佐の漁師だったのですが
遭難した際にアメリカの捕鯨船に助けられ

それからの10年弱
アメリカにある教育や主義主張を学んで日本に帰国。

ただ、日本は鎖国中なので琉球を経由してという形になります。

そこで彼が学んできた知識や言葉が
全国の人達に影響を与えたようですね。




薩摩の大砲が青銅製では諸外国の鉄製には対抗出来ないと
斉彬に拝謁しても臆する事なくモノを言う。


その彼の知識に斉彬は惹かれたみたいですがねぇ。
弟の忠教はその言葉が屈辱に感じていたみたいですね。

まぁ漁師が藩主にモノを言うのですからね。
この時代では決して許されない事ですからね。


ただ、こうした身分差を度外視した万次郎の行動が
後々に好きな人と一緒になれる今の時代を呼び込んだのかもしれないですね。



まぁそうして彼が異国の知識をたくさん知っている事から
異国の文明や知識を学ぶためには

まず第一に異国の言葉を知らなければならない。

そうして、異国の言葉の教育に力を注いでいったようですね。

つまりは人材育成ですね。


今回、於一に一目惚れした
島津右近、後の島津久治は薩摩藩家老を辞職した後
この英語や仏語の教育事業に熱心に力を注いだそうです。


この島津久治は1841年に島津久光の次男として生まれます。
それから1852年に島津の分家・宮之城島津家の婿養子となります。

斉彬の死後、兄の忠義が藩主となった後
薩英戦争では兄の代理として薩摩海軍の指揮を執り
蛤御門の変でも兄の代理として皇居警衛総督
それから薩英戦争講和施設代表の役を行い
1866年にはわずか24歳で家老に任じられます。

若年でありながら、次々と要職を歴任してきたのは
やはり藩主の弟という血統によるものでしょうね。

そして、薩英戦争そして講和施設代表となった時に

異国の文明の脅威とその力
そして異国の人と話す事の重要性を認識し、

まず、異国の知識を取り入れる言葉を学ぶ必要性から
英語等の教育に熱心になっていったのは自然な流れですね。


しかし、彼は1872年に32歳の若さで急死します。


自殺とも言われています。


その原因は薩摩藩家老を辞職した背景にあります。

彼が要職に付き始めた頃
薩摩藩は父・久光の影響もあって
公武合体、つまり朝廷と幕府が手を取り合う事で
混乱する時代に立ち向かい、幕府の権力を強めようというものでした。

そのために14代将軍の妻に時の天皇であった孝明天皇の妹を迎える事で
その実現を形として構築しつつあったのですが

14代将軍が急死してしまった事と孝明天皇が亡くなった事
そして朝廷と幕府内で政治的対立が生じてしまい
公武合体は頓挫してしまいます。

そこで生み出されたのが
ならば今の時代を切り開く上で
障害となる幕府を取り除く―――倒幕の動きが主流となってきます。

久治が家老になった頃
薩摩藩は倒幕に対して強硬論―――つまり武力で
幕府を倒そうと考えていたようです。

その中でただ一人慎重論を唱えたのが島津久治でした。


しかし、それは藩内で「軟弱」と映ってしまい
久治は孤立してしまいます。


そうして久治は家老を辞職したようですね。

ちなみにこの時、強硬論を主張した者の一人が小松帯刀
つまり以前の肝付尚五郎なんですがね。


それにしてもねぇ。
自分と意見が相容れないから
だからと言って、相手を追い詰めてしまうのはねぇ。


自分と相容れない者は排除する。
それも力によって。

自分の信念が間違いだと気付くまでは絶対に自分の信念を変えない。


その傾向は薩摩の方々は結構強かったんじゃないかなって思ったりします。
もちろん薩摩出身の方々全員がこういう方々ばかりって訳ではないんですがね。


ただ、前回
斉彬が「外から薩摩を見て分かる事がある」と言ったように

斉彬の死後、島津久光の子が後を継ぐと
斉彬派の人間は次々に処罰されてしまいます。


また、倒幕をするに至っては薩摩は幕府がこちらを攻撃するように
わざと江戸に火を放ったり破壊したりして幕府を挑発し、

幕府が攻めると、薩摩は圧倒的な武力で幕府に攻めかかります。
そして幕府を朝敵にします。

やり方が少々露骨ですね。

そうして力でもって反勢力を一掃していきます。

特に会津戦争での新政府軍の処断は凄まじかったそうです。


後に西南戦争で西郷隆盛が率いた薩摩軍と新政府軍が戦う際
新政府軍として戊辰戦争でかつて苦渋をなめた会津藩の者や
旧幕府の関係者が多く志願したそうです。


力で対抗するのは簡単だけれども
結局、報復は報復を生み出すものでしかない

そして報復の後に残るのは悲劇しかないですね。



薩摩の方々もそれが分かっているとは思うんですがね。


ならばこそ、別の方法を模索するという道はなかったんでしょうかね。


それとも「報復」の歴史が世の常であると考えていたのでしょうかね。


そういえば今の政治もそんな感じですかね。


「自分の郵政民営に反対する者は皆抵抗勢力だ!!」

そうして抵抗勢力にして「刺客」なる者を送り
徹底的に抵抗勢力を排除した方がおられました。

一方で何か人を惹き付ける魅力のようなものを持っていました。


この方は神奈川県は横須賀市の出身なんですが

この方の父親が薩摩出身なんですよね。





また、遊人庵大河塾の遊人庵庵主さんからの情報によると

島津忠教のひ孫が香淳皇后、すなわち昭和天皇の皇后だそうです。

それはつまり今の天皇様は島津家の血を引いているって事ですね。


情報、どうもありがとうございます。

全然知りませんでした。



こうしてみると
色んなところで「薩摩」が今でも
日本の時代を動かしているって感じがします。



しかし、それにしても最近は
色々と食べ物の問題で物騒な感じな報道ばかりでウンザリします。

自給率が40%弱のこの国では
いずれ食べ物が不足する時代になるのかもしれないですね。




その時は
また、さつまいも(薩摩芋)が
我々を救ってくれるのかもしれません(笑)

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この記事へのコメント

2008年02月03日 22:41
ikasama4さん、こんばんは。
ウコン12歳ですか?ええ~~っつ!?(ゼンゼンそう見えないし・笑)
そりゃそうと・・・
>特に会津戦争での新政府軍の処断は凄まじかったそうです。
そうそう「薄っつすい知識」しか持ち合わせていないワタシでも知っていますよ!会津を焦土と化したのは薩摩なんですよね。それで未だに・・・年配の会津方面の方は「薩摩」方面を良く思っていないそうです。

>後に西南戦争で西郷隆盛が率いた薩摩軍と新政府軍が戦う際
新政府軍として戊辰戦争でかつて苦渋をなめた会津藩の者や
旧幕府の関係者が多く志願したそうです。
そうそう各都道府県の「警察隊」ですよね。会津からの志願が一番多かったそうですね「薩摩憎し!」と言って刀で切りかかっていったそうですねぇ・・・やりきれない話ですよね・・・(><)新撰組の斉藤一も戊辰戦争の時会津に残り、後に西南戦争に参加した一人ですよね。

ワタシはサツマイモよりジャガイモに救って欲しいです!
ikasama4
2008年02月03日 23:54
なおみ様
こんばんはです。
>ウコン12歳ですか?ええ~~っつ!?(ゼンゼンそう見えないし・笑)
まず、誰が見てもそう思うでしょうね(笑)

会津戦争で真っ先に浮かんでくるのは「白虎隊」
彼らの悲劇を語り継ぐ事で
「もうこんな事を繰り返してはいけない」と思う一方
「こんな事をした薩摩が許せない」っていう思いが
生まれるのも当然の事なのかもしれないですね。

ちなみに会津では最近起こった戦争というと
「会津戦争」もしくは「戊辰戦争」らしいです。

そうそうたしかに斉藤一も西南戦争に参加してます。

彼は会津戦争の後にかつての会津藩主が治める
新たな土地で生活を始めたそうですが

生活はとても苦しく、最初の妻はそこで病死したと言われています。

そうした思いもあって
彼は新政府軍に属してまでも
かつて共に戦った人達の無念を晴らしたかったのかもしれないですね。

ジャガイモ・・・こっちも捨て難いです(; ̄∀ ̄)
2008年02月04日 22:16
こんばんは。
島津家→皇室の流れですけど、島津久光の長男・島津忠義(薩摩藩主)の娘さんが、皇族の久邇宮妃になり、その娘さんが良子内親王=香淳皇后ということだそうです。
いまの皇室に続いているのは島津斉彬の血筋ではなくて、お由羅さんから生まれた久光の血統なんですよね。すごーい長い目で見ると、この人こそ究極の勝ち組なんじゃ?(笑)

久光は重富島津家に入るために幼少から薩摩で育っているので、大名の子弟のように江戸生活を知らなくて、薩摩しか知らなかったので、斉彬のような「外から見る目」が無かったらしいですね。
参与会議で一橋慶喜に生まれ育ちをバカにされて、ブチ切れて藩の武力倒幕にGOサインを出し、明治維新のトリガーを引いたりして。すごいネガティブな、キーパーソン。

でも、島津右近がそんな悲しい末路をたどったとは知りませんでした。
この人も薩摩育ちだと思うけど、グローバルな視点を持てたのは伯父さんの斉彬に似ていたんでしょうか。
ikasama4
2008年02月05日 07:20
遊人庵庵主様
おはようございます。
島津久光は公武合体を主張していました。
これもまたある意味、「公武合体」という事で
武家と公家の血を引く天皇を生み出した事では
スゴイ事だと思います。

多分、徳川家もそれを試みたのですが
結局出来なかったのですからね。

そうですね。久光には
「外を見る目」はなかったと思います。

島津右近は薩英戦争で実際に異国の文明や力に触れて
グローバルな視点を持てるようになったんでしょう。

もし、久光もそういう機会があれば斉彬や右近のように
変われたのかもしれませんが

彼の場合、「見る機会がなかった」というより
「見ようとしなかった」と表現するのが適切かもしれないですね。
2019年05月07日 12:50
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