風林火山 第45話 「謀略!桶狭間」

信玄は勘助の報告を聞いていた。


寿桂尼が絡んでいたか。

信玄は勘助に尋ねた。

今川はこのわしを狙っておるかの。

勘助は答えない。
今回の一件を見るからにその思惑は明白だった。

この後、越後と手を結ぶような事があらば厄介じゃの。

勘助は思案をし始める。








それからしばらくして
寅王丸が逃げたとの報せが届く。


飯富虎昌自らが追いかけ、寅王丸は討ち取ったと言う。




誠に逃げたのだな。



虎昌は平然と「逃げた」と断言した。


勘助はその言を受け入れる事が出来なかった。

虎昌に疑念はある。
しかし、確たる証拠がない今
勘助にこれ以上の追求は出来なかった―――。









越後・琵琶山にもその報せが届く。



武田は情け容赦なく寅王丸を返り討った。
そちは山本勘助の家に囚われの身となったか。



定満は軒猿を通じて平蔵の動きを察知していたらしい。


そちに情けはかけても寅王丸にはかけなんだようだ。


そして平蔵に言う。
そちには向かん。

一時の情に流されるような男は。



定満は去ろうとしたが、ふと踵を返すと平蔵に近寄った。

それでもと申すなら、このわしに仕えよ。


定満の下で軍学を学んでいく。




そのためには今回のような事を再びしなければならないかもしれない。

「妻と子を大事にせよ。」

「武田を恨む者は皆死んでいく。ならば新しい命を育てる方が大事じゃ。」


岐路に立った平蔵は二人の言葉と己の野望に苦悩していく―――。












それから景虎は越後へ帰国した。

景虎は足利将軍より
関東管領を受け継ぐ事並びに関東出兵への許可を頂いた。

関東の諸侯に対しては調略するべきかと言う
直江実綱の進言に従い、しばらくは兵力を蓄える事にした。


その後に景虎は関東へ出陣すると言う。











駿河に動きがあった。


尾張を一気に討ち滅ぼす。


この頃、尾張は「尾張の虎」と呼ばれた信秀が亡くなった後
家督争いの果てに嫡男・信長が後を継いだ。

そうしてようやく尾張を統一したばかりであった。

しかし、この織田勢が思いのほか粘り強く
最近尾張に築いた勢力も徐々に絡め取られていた。

そこで一気に決着をつけるために尾張討伐を決めたのであった。

そして尾張を治めた後、上洛を果たし、母上を京にお連れする。

それが義元の夢であった。








そんな折、信玄の下に一人の旅の僧が訪れていた。



天澤と言う。


かの者は尾張の当主を進言に語り伝えた。


今の尾張の当主は織田信長。

その者、御年27歳。

舞を嗜み狩を好み鉄砲も使うと言う。

武勇もさる事ながら
味方の知らす報せに重きを成すと言う。

また謀にも長けていると言う。




僧が去った後、信玄は勘助に尋ねた。



織田信長は今川に勝てるか。


力で劣る織田が今川に勝つには
今川義元の首を取る他ありませぬ。














その頃、鳴海城が織田方に調略されたとの噂が広がる。





噂と言えども今川方の足懸かり。捨てはおけぬと言う義元に母は言う。


前と同じように致せばよい。
噂の真偽などしなくてもよい。


鳴海城には譜代家臣を置き
尾張の地盤を確立させるのじゃ。



母の言葉に従って、義元は鳴海城の城代・山口某を譜代家臣・岡部元信に変えた。
その後、山口某は駿河にて切腹させられた。





しかし、その義元を悩ませていたものがまだあった。

それは尾張への進路であった。






今川は尾張の地に沓掛城、大高城、鳴海城を治めていた。

しかし、信長は丸根砦、鷲津砦を築き
大高城と鳴海城は孤立していた。

そこで先鋒の部隊は丸根、鷲津を落とす必要がある。


その後、本隊は沓掛城に入ってからどう動くべきか。




1.一気に織田の本城・清洲城を攻める。





織田が我らに勝つとすれば城から出て戦うより他ない。

ならば、織田が城を出た隙に一気に織田の本城を叩く。

しかし、もし織田が篭城をすれば戦は長期戦となり
戦況は我らに不利になるやもしれぬ。




2.大高城に向かう。





織田が篭城をすれば、長期戦となるために
尾張の地盤を固めていく必要がある。
そのために屈強なる先鋒部隊と合流して戦況を推し進めていく。


しかし、もし織田が城を出て戦うとなれば
思わぬ敗退をするかもしれない。




織田が城を出て戦うか。
篭城をするか。



要は信長が如何に我らを迎え撃つか。


全てはそこにあった。








沓掛城に入るのは間違いなかろう。

勘助もまた今川が尾張へ向かう道を思案していた。


そこから先は何処に進むべきか。



織田が勝つには奇襲以外にはあるまい。


伝兵衛らの情報によると

沓掛城から大高城・鳴海城を通るには
山の起伏が激しい場所を通らなければならないと言う。

その地名は


「桶狭間」


その地を織田が目をつけていると言う。


ある考えが勘助に浮かぶ。


リツはそんな勘助に尋ねた。

何故他国の事をそんな風に考えているのかと。


駿河は大事な国。心配なのじゃ。





それから間もなく
勘助はかつて恩を受けた庵原殿の息子を通じて今川義元を訪ねた。



是非とも御進言があると




怖れながら申し上げます。

義元様は尾張において進むべき道を決め兼ねておられると。



某なれば迷う事なく清洲城に向かいましょう。

敵はすぐさま、城を出て戦いましょう。

篭城は致しますまい。


ならば、その留守となった清洲城を一気に攻め入るのが上策。



もし、大高か鳴海を向かう事があれば万が一の事がござりまする。

義元様に万が一の事があれば―――。

もし、雪斎が生きておられれば―――。



勘助の進言は義元の心をかき乱した。


ようわかった。
戯言といえどしかと心に留め置く。






5月10日、今川は動いた。


その先鋒は三河衆から成り立っていた。
その三河衆を率いるのは松平元康。

後の徳川家康である。



それから間もなく松平元康が
織田方に包囲された大高城に兵糧を運び入れたとの報せが届く。


その戦い振りに義元は喜んだ。

そして、ふとこれからの今川家を考えた。





それから間もなく清洲より兵が出たとの報せが義元の下に届く。


その時、義元は勘助の言葉を思い出した。


勘助が言う通りの状況。

勘助の進言はまぎれもなく上策。

しかし、それが更に義元を苛立たせた。



出陣した信長を一気に攻め滅ぼすのじゃ!



そして義元は大高城を目指した。



道中、義元の下に
朝比奈勢、松平勢によって丸根砦・鷲津砦が落とされたとの報告を受ける。

後は清洲城から出た信長を討ち果たすのみ。


義元は間もなくやってくるであろう勝利に酔いしれていた。


そして義元は遠征の疲れをとるためにある地で休む事にした。





その地の名は―――桶狭間。






その頃、勘助は再び駿河に訪れていた。


我が主の言を伝えるを逸しました。


信玄殿が何と。


寅王丸様を止むを得ず討ち取った事の故、何卒ご容赦をと。


致し方なき事と心得ておる。咎める心は無きとお伝え致せ。



ところで義元様は某の進言、お聞き入れ下さりましたか。


その問いには答えず寿桂尼は勘助の言葉が気になって尋ねた。
何故そこまで信長を恐れる。


大高の道筋には桶狭間と呼ばれる場所があるそうです。

その地は起伏があり山陰も多く
その辺りでご油断なされば―――。

そこで奇襲など仕掛けられては義元様と言えども
ひとたまりもないと案じた次第にござりまする。


某、織田信長なる人物を知りませぬ。
もし某が信長なればと思いました故。




そう言って勘助はその場を後にした。




勘助が去った後、寿桂尼は勘助が義元に語った
進言を思い出した。





そして、ある一つの推測に辿り着いた。


待て!勘助!!



寿桂尼は勘助を呼び止めて尋ねた。

まさか・・・そち・・・まさか・・・

わざと言うたのではあるまいな。

そちが進言すればそちを嫌う義元は
きっとそちとは違う道を選ぶであろうと―――。



滅相でもない事を

そこまで仰せられては某、心外にござりまする。




いつの間にか雨が降り出していた。


雨にござりまするか。


きっと恵みの雨にござりましょう。

ごめん下さりませ。









桶狭間でも激しい雨が降り注いでいた。

この地に「恵みの雨」を授かった者がいた。






間もなく雨が上がった。


そして雲を裂く太陽の光と共に種子島の弾が義元に降り注いだ―――。












甲斐の地に今川義元が桶狭間にて討ち死にとの報せが届いた。


義信、三条夫人、そして義元の娘であり義信の妻である綾姫は
更なる訃報に悲しんでいた。



その報せを受けた軍議の席で虎昌は勘助の顔を見た。

勘助に動じた様子はなかった。






虎昌は勘助を呼び止めた。

何故に駿府に向かったのかと。


寅王丸の事で憂いがないようにとの御館様の言葉を伝えに言ったと勘助は言う。


「御主が謀ったのではあるまいな。」


そう尋ねる虎昌に勘助は笑った。


何を。某に何が出来たと申しますか。

それ以上、虎昌は言えなかった。


勘助に疑念はある。
しかし、確たる証拠がない今
虎昌にこれ以上の追求は出来なかった―――。








どうにかして諸将は駿河に戻ってきた。
義元の首は織田方に獲られた。

しかし、今川方の武将・岡部元信によって
織田は義元の首を今川方に戻す事となった。






そうして駿府に御館様の御首が戻ってきた。




変わり果てた息子の姿、父の姿。



母は息子に語った。
口惜しいか。義元。
左様な顔を致すな。




報告によると
松平元康は桶狭間の後、
松平家の居城であった岡崎城に篭ったと言う。


松平家離反に混乱する家臣達。


騒ぐな!





寿桂尼は家臣達に一喝した。

それよりも今は武田と北条の動きじゃ。

我らの盟約を破るような事があればただちに戦に取り掛からねばなるまい。

特に甲斐の武田は何を仕掛けてくるかしれん。

皆の者、覚悟致せ!



一応は家臣達は落ち着きを取り戻した。



それから
一人となった寿桂尼は息子の死を痛く悲しんだ。





武田が駿河の領地を狙って攻め入るのはこれより八年後の事である―――。







しまったなぁ。
録画できへんかって、キチンと台詞が追えんかった(T▽T)


再放送でしっかり録画して後でキチンとまとめようかな(; ̄∀ ̄)ゞ





それにしても今回はそう来たかって感じですね。

長笈が寺を逃げ出した。
それを討ったのが飯富虎昌。

勘助も信玄も本当は長笈を生かしたかった。


しかし、長笈は本当に逃げたのだろうか。

討った飯富虎昌は義信の傅役であり
三条夫人とも近い立場にありました。

もしかしたら虎昌は義信に刃を向けて
三条夫人の侍女を殺害してしまった長笈を殺害したのではないか。

そう考えたものの確たる証拠はないために
その真相はわかりません。






それから間もなく
今川義元が桶狭間にて討たれたとの報せが甲斐にも届きます。

義信の妻・綾姫の実家は今川家。
二人もそして義信の母である三条夫人もその報せに深く悲しみました。

その報せの少し前に勘助が駿河に向かったとの報告を虎昌は聞いていました。

また長笈の姉は勘助が慕う由布姫の御弟君。

もしかしたら勘助は長笈暗殺の首謀者が今川の手の者であるという
噂を信じ、桶狭間にて義元を敗死させたのではないか。

そう考えたものの確たる証拠はないために
その真相はわかりません。



もし、長笈が義信に刃を向けたのを成敗した正当な理由とするならば

長笈を差し向けて御館様に刃を向けさせた今川家に謀略によって陥れたのも
また正当な理由になるのかもしれませんね。


まぁどっちもどっち。

どちらも詭弁で固めていますが
本当は私怨であったというのが正直なところのような気がします。



目には目を
歯には歯を
謀には謀を



そんな感じの虎昌と勘助でした(笑)



そして寿桂尼や雪斎は勘助の智謀を認めているのに
義元只一人が頑固なまでに勘助の意見に従わなかった理由。

おそらく義元は嫉妬していたのかもしれませんね。

勘助の才能に。

身分でも格式でも勘助より上なのに
智謀だけは勘助が上。

そんな認めたくない現実に反発する思いが義元にはあったようです。







さて、今回のメインはご存じ「桶狭間の戦い」

実はこの戦いはとても謎が多いです。


というのもこの戦を内容は織田信長の偉業をまとめた2つの書物により知る事ができますが
その書物の内容がどうも食い違っているらしいのです。

「桶狭間の戦い」と呼ばれるモノは小瀬某が書いた「信長記」によるものだそうです。

ただ、この著者はこれらの書物を読み物として面白くするために
ふんだんに虚構を入れているそうです。

もう一冊は太田牛一が書いた「信長公記」
こちらはあくまでも信長がしてきた事を記録としてまとめたものだそうです。
あくまでも記録に残すために。


後に江戸時代で天下のご意見番と言われた
大久保彦左衛門も「信長記」に書かれている内容には
真実の1/3しかないと言っていたそうです。


それぞれの意図するものが違うのですが
その内容の面白さ故に大衆には「信長記」がより親しまれたそうです。


そうして、彼が書いた虚構が本当のものだと信じてしまう。


今、自分達が知っている信長の偉業というものの大半はこの「信長記」によるものだそうです。

嘘が本当になってしまったって事でしょうね。




補足 2007/11/17
巷では勘助が悪に見えるとも言う意見もあります。
勘助はたしかに義元の性格を利用しました。

自分の意見に対しては必ず反発してくる。

それがたとえ上策であろうとも。

もし、義元が勘助の言葉をそのまま受け取る事が出来たなら。

そんな風に思える展開でもありました。


それからかなり遠回しながら信長に関して伝わる批評があったように思います。

信長と聞くとよく「うつけ者」という部分が浮かんでくるでしょう。

信長は「うつけ」と評判だから。

信長に対してそういう見下したような認識が義元にあったやもしれません。


しかし、これがために負けた要因のひとつにもなります。


このドラマでは
武田信玄も北条氏康もかつては「うつけ」と噂されていましたからね。

特に北条氏康の頃にはその「うつけ」の噂によって
上杉憲政は「河越夜戦」という大敗を喫したのですからね。


雪斎がいたなら、信長の「うつけ」の真贋を見抜ける事が出来たはずです。


雪斎のネットワーク(=各地の僧)を通じて
織田信長の人となりを知る事も出来たでしょうからね。





そして、このドラマで考える
今川家の敗因はどうも「人」のようです。



武田家では勘助亡き後の軍師を真田幸隆が継ぐようです。

そして、武田家の嫡男も凛々しく成長しています。

それに春日弾正、飯富昌景と次の武田家を担う若い芽も出てきています。




それに比べて今川家はどうでしょうか。

名軍師・雪斎亡き後、今川義元の軍師となった者はいたのでしょうか。

次の今川家を支える人物はいたのでしょうか。




雪斎はその人物として松平元康(元信)に期待を賭けていました。


これが雪斎唯一の失敗かもしれませんね。


松平元康は後に今川家の一門から嫁をもらい
今川家の一族となるのですが

桶狭間の合戦の後に松平家は独立してしまいます。



松平家は当主不在の折
松平家の家臣達は今川家の家臣になったようですが
その扱いは今川家家臣よりも低くみられ、
彼らは唯一の後継ぎである元康が戻ってくる事を
願っていたと言われています。


松平家が再興されると
元・松平家家臣達は皆松平家についたそうです。



しかし、義元が元康の活躍ぶりを見てふと考えていましたが
義元がもし桶狭間より前に今川家の家督を元康に譲っていたら―――。

間違いなく歴史は変わっていたのかもしれません。

おそらく雪斎が願う天下は「徳川」ではなく「今川」が担ったのかもしれませんね。




まぁ桶狭間の合戦では
今川義元以外にも今川家の主要な武将が討たれてしまいましたからね。

また相次ぐ家臣の離反に
家臣に二心の疑いがあると知るや斬首してしまったりしたために
今川家は更なる弱体化をしてしまいます。


そういう状態では
如何に後世に「女戦国大名」と呼ばれた寿桂尼と言えど
斜陽の一途に向かう今川家を支えるのは難しかったのでしょうね。









話は逸れますが
井伊直政という人物をご存じでしょうか。

井伊直政と言えば、後の徳川家四天王の一人と呼ばれる人物で
武田家滅亡後、武田家旧臣を迎え入れ
武田家のように具足を赤一色にした事で
井伊が率いる軍は後に「井伊の赤備え」と呼ばれ怖れられました。



幕末の井伊直弼はこの井伊直政の子孫に当たります。



井伊家は元々今川家の家臣でした。


直政の祖父・直盛は今川家の武将として仕えていましたが
桶狭間の戦いにより直盛は戦死。


その後を直盛の養子・直親が継ぎますが
桶狭間の戦いの後に混乱状態にある今川家で家臣の讒言に遭い
松平家との内通を疑われ、彼は今川家によって殺されてしまいます。


この時、直親の子・直政はまだ1歳。


そして直政の生みの母は松下家の嫁となったそうで
直政も松下の姓を名乗ったそうです。


この時、井伊家を支えたのが直盛の子・直虎です。


かの者は井伊の姓を継いで家を守り
また幼き直政を養い、直政が元服すると直虎は
すぐに井伊家を彼に継がせたそうです。

その間、井伊家の領土は今川家旧臣との争いにより奪われたそうで
直虎は徳川家に助けを求めました。

これが後に直政が徳川家に仕官するきっかけになったのではないでしょうかね。


こうして井伊家のために尽力する。



ここだけでもかなり立派な武将だと思います。


まぁそんな風に直政をあれだけの武将に育てる力量があるならば
かの者が井伊をそのまま継いでもよかったのではないかと思われるかもしれません。









しかし、それは出来ませんでした。







それには確固たる理由があります。






それは―――。







井伊直虎がだったからです。





こんな名前ですが井伊直虎はです。


井伊直虎は井伊直盛の娘として生まれました。
直盛には後継ぎとなる男子がいなかったために
直盛の祖父の弟の子・直親を養子として迎え入れました。

この時、彼女は直親の妻となるはずでしたが
諸事情により直親は別の女性と結婚してしまい
彼女は直親と結婚する事が出来ませんでした。

そして相次ぐ父とその養子の死。


残されたのは1歳の直政。

そこで彼女は唯一の後継ぎである
幼き直政を育て、自身は「井伊直虎」と名乗り

直政が元服するまで井伊の家名を守り続けたという次第です。

そして今川家の旧臣の争いによって井伊家の領土が奪われた折
直虎は徳川家に助けを求めた。

そして、これが後に直政が徳川家に仕官する足懸かりとなったようです。

こうして直虎は井伊家のために尽力したようです。

生涯未婚でね。





彼女もまた寿桂尼同様、家を守ってきた戦国武将の一人です。

今回、こういう人がいたんだなってちょっと驚きました。

こうして見れば井伊家もまた「桶狭間」によって
急激に運命を変えられた一族なのかもしれませんね。







さて、次週は長尾景虎が関東に出兵します。



もちろん長尾と北条の戦いです。

そして井川遥さんが出演するみたいですね。

その役とは「伊勢姫」

この名を聞いて知っている人は思わずムフフとなってしまいそうです。

こうなるとなんか波乱が起きそうですね。




ちなみにこれが井伊直虎について書かれた物語↓
女(おなご)にこそあれ次郎法師

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この記事へのコメント

2007年11月12日 08:38
ikasama4さん、こんにちは
イラストの募金ありがとうございました♪
>今川家の敗因はどうも「人」のようです。
「母・息子」で政権を担ってましたからねぇ外部のものを遮断したがる傾向もあったし・・・(同族会社は弱いね)

>武田家では勘助亡き後の軍師を真田幸隆が継ぐようです。
幸隆は既に「それなり」の人物になっているし。武田といえば「人」「情報」と有名ですもんね。小田原には「風魔」越後には「軒猿」といて情報に長けていたのに「駿河」にはそういうのなかったのかなあ?ってちょっと思ったんですが単に「大河的」にはそういう書き方なんでしょうか?
2007年11月12日 12:13
こんにちは。
録画せずして、之だけのレビューが書けてしまうikasama4さん、最強です。

軍師も命あるものですから、その人物がいなくなった時、次に控える人物を暖め育てていくのも大事なことですね。

雪斎がもしもいたなら・・と私も思ってしまうほどですから、義元は人からそんな風に思われるのが嫌だったに違いないですね。
ましてや勘助には・・その辺の心理を突いた勘助の作戦勝ちなのでしょうが、なんともすっきりといたしません・・。
ikasama4
2007年11月13日 00:07
それはそういうのを必要としなくても
今川家は強国でなり得たと考えるべきかもしれません。

今川家は謀略により国を強くするのではなく
内政によって国を富ませ、それによって
国を強くしたのではないかと思います。


それに忍はもしかしたら雪斎子飼いの者達が
いたかもしれませんが

義元はそれを嫌ったのかもしれませんね。
己の血統の高さ故に。

そういうとこを今回の大河では暗に示してるような気がします。
ikasama4
2007年11月13日 00:08
さくらこ様
こんばんはです。
今週の土曜は再放送の大河をチェックして
台詞の内容をしっかり書き留めます(; ̄∀ ̄)ゞ

人は生まれてきたと同時に死が授かりますからね。

後世の文献でも
「もし雪斎が桶狭間まで生きていたら」と
言われているものは多いそうです。

今回はその文献の内容を揶揄して
あのような勘助と義元の言葉になって表れていたような気がします。

史実の通り、義元の死は避けられないものですが
やはり味のある人物でしたから
ちょっと悲しいとこはありますね。
2007年11月13日 22:23
こんばんわです。
寿桂尼さまのイラストが美しいですね。
今週は母と一緒に見たのですが、演じる藤村志保を見て、
「この人、こ~いう役やるようになったのね~昔、スゴク綺麗だったんだよ~」
としみじみ言っていました。

しかし、雪斎に杯かかげてる場合じゃないよ、の義元クンでしたね。
あの状態ではホント、雪斎がいたらな…と軍師の重要性をつくづく感じさせられましたね。
利口な元康が寝返った?のも致し方なし…ですかね。

ikasama4
2007年11月14日 21:07
まいまい様
こんばんはです。
寿桂尼はえらくキレイにまとまりました(; ̄∀ ̄)ゞ

藤村志保さんは大河ドラマの常連さんで
最初に出たのは「太閤記」で
秀吉の妻・ねねを演じたそうです。

ちなみに秀吉を演じたのは
同じくこの大河で宇佐美を演じてる緒形拳さんです。

雪斎は義元にとって亡き父代わりでもあり
学問や軍学の師匠でもありましたからね。

自分の手で偉業を成そうとする姿を
見てもらいたかったってとこでしょうかね。

特に戦乱の世であれば
自分の影となって動いてくれる軍師が必要って事ですね。
2019年05月07日 20:47
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