風林火山 第34話 「真田の本懐」

ようやく勘助は越後から信濃に帰ってきた。
「勘助様!」
太吉をはじめ兵達は勘助の帰りを待っていた。



その頃、村上・小笠原連合軍がこの地の奪回を図って武田についた信濃衆の寝返りを図っていた。


休む間もなく勘助は戦場に向かっていく―――。













勘助

笑顔で晴信は自分を迎えてくれた。

大儀であったのう。

何も申さずとも良い。

ここに入る者、皆喜んでおる。

そなたの無事を信じていた。



誠にしぶといの。そこまでしぶといと憎みきれぬわ。

小山田の言葉に皆は笑った。


勘助は嬉しかった。
武田の兵のみならず、御館様や武田家家臣達に自分が必要とされている事を。


砥石城の一戦は聞いておるか。


はっ


越後はいかがであった。


長尾景虎は越後を統一してござりまする。

宇佐美定満なる軍師も手に入れました。



如何なる人となりを見定めてまいったか。



しかと。


越後の国主・長尾は武将にして武将にあらず。
あれは坊主にござりまする。

七つの頃より禅僧に学問を教わり神仏を養う心があります。


戦には強いのか。


おそらく。

ただし、長尾には他国を我が物にするような欲がござりません。

他国を切り取る考えを持ちませぬ。



皆、勘助の言葉を信じて疑わないまでに勘助を信じていた。

「左様な武将がこの世におろうか。」

勘助の言葉に馬場信春は信じられなかった。

「ならば何のために戦を致す」


己の正義にござりまする。

さも、それが当然のように勘助は語る。


景虎の言によれば天下取りは望まず、天下をあるべき姿に戻したいとの事。


未だ会った事もない他国の武将の言葉に武田家の諸将は
長尾景虎なる男を図りかねていた。




晴信は勘助に尋ねた。

一言で答えよ。勝てるか。


勝ちまする。

かの者の強さも弱さも分かり申した。

敵となれば必ず勝ちまする。


そのためにも今は出来るだけ兵を減らさず
村上を降し、信濃を治めなければなりません。



砥石城は勝ちを急いだわしの軍配違いじゃ。



御館様が念を押すように自分のせいだと語る言葉に勘助は違和感を感じた。









此度の負け戦は真田の進言によるもの。
真田の失態じゃ。



馬場信春は吐き捨てるように言った。
戦で武を重んじる彼にとって策ばかり講じては
いつかはその策によって失すると考えていた。

それが今、真田によって起きたのだと。


砥石城が落ちぬ限り真田の所領回復は仕舞じゃ。


―――おそらく皆このように考えているのであろう。
勘助は思う。




それから数日後、勘助はある考えを持って真田幸隆のいる松尾城を訪ねた。





『策士、策に溺れ』ですかな。

何とでも言え。

此度の失態は自分にあると感じていた幸隆は気分が滅入っていた。

某も越後で溺れ申した。

そう勘助は慰めるものの勘助には通じない。

「此度の策を進言したのはわしなのじゃ。
責めるならわしを責めろ。」

相木殿が幸隆を庇うように言う。

威張られても困りまする。



真田・相木両名の落胆の顔色を窺いながら勘助は言う。


此度は真田殿に秘策を授けに参りました。


その言葉に真田・相木が色めき立った。

如何なる秘策じゃ。


調略は出来ませんか。
わしの秘策とは調略をもって城を落とせぬものかと。



相木と真田は勘助に失望した。

幸隆の息子でさえ言った策。

既に真田が調略の手を尽くしてきた。
それでも砥石城は落ちなかった。




常田隆永殿ではいかがでござろう。


無理だ。


真田幸隆がこのように言うのも無理はなかった。

実の兄である幸隆が説得したものの常田隆永は寝返らなかった。
それどころか真田家家臣である深井を調略の使者に立てたものの
その深井が常田家に寝返ってしまったのだ。


そんな幸隆の考えを意に介さず、勘助は言う。


海野家を再興してはいかがでしょうか。


海野家は真田家、常田家の主筋に当たる。
同族として宗家再興をすれば常田も寝返るのではないかと勘助は考えた。


しかし、武田は海野家を討ったのだぞ。
さればこそ武田家によって海野家を再興すれば常田殿の恨みも晴れましょう。

勘助は真田に海野家の一族の今を尋ねた。

海野家の嫡男は既に討ち死に。

その嫡男の娘は今上州にて幸隆の妻の兄・河原隆正が養っていると言う。
しかし、河原隆正もまた武田家に恨みを持っていた。
その兄がこの話を承諾するとは思えぬ、
妹であり幸隆の妻である忍芽はそう考えていた。


勘助の言葉に戸惑いを覚える真田に勘助は囁く。

御館様にご相談しては如何にござりましょう。








海野家を再興する事、勘助が進言したか。


御館様の下を訪ねた幸隆に晴信は言う。


海野、望月、根津の三家は滋野一族。
望月、根津の一族は武田に従っておる。

海野家再興もそちの宿願であったな。



そして御館様は幸隆に尋ねた。


海野家は目が見えぬ者に深き関わりがあるとな。


幸隆は言う。
海野家は代々目の見えぬ者と深い関わりがあったと。
一族の祖が目が見えぬ者であったためとも言われていると。


幸隆の言葉を知っていたかのように晴信は言う。

勘助が申しておった。
勘助は隻眼である。
それ故、そちは勘助を厚遇したのだと。


勘助が・・・

我が次男は目が見えぬ。

今は出家して龍芳と名乗る。

武田家の若君を海野家の跡取りにしてはどうじゃ?

それでそちの願いも叶うか。



―――武田家の一族、それも武田家の若君が海野家を再興してくれる。

常田や河原を納得させるのに十分なものであった。



幸隆は直ちに真田家家臣・春原を上州にいる河原隆正の使者に送った。







勘助、龍芳様の事、御主初めから念頭にあったか。
海野の姫の事も知っていたのであろう。



真田様と御館様の機転にござりましょう。

あくまでもへりくだる勘助に幸隆は苦笑する。

憎いやつじゃ。




それから半月が立った。

上州からの知らせは来ない。




忍芽は息子・源太左衛門を呼んだ。








勘助は再び真田幸隆の下を訪れていた。

しかし、奥方様と幸隆の嫡男・源太左衛門の姿が見えない。

家来に聞くとどこかに出掛けたと言う。



真田殿!

勘助も幸隆も忍芽の意図を悟った。



その時、春原が河原を説得し、まもなく河原殿がこの城に訪れるとの報せが届く。




馬鹿者めが!
何故今日という日を待てなんだか!!


幸隆は激昂した。









忍芽は源太左衛門と共に常田隆永の下を訪れていた。
その場にはかつての真田家家臣・深井もいた。


常田隆永は何故このような城を訪れたかと忍芽に尋ねた。

「兄上に味方して下されませぬか。」

「お断りする。」
隆永は姉上の申し出をにべもなく断った。


「我が殿は海野家を再興致しまする。」

その言葉に隆永は嘲笑う。
「左様な手で調略しに来ましたか。
そのために妻も息子も引き連れてか。
真田幸隆も落ちたものよ。」


常田には海野家を討った武田が海野家を再興するなどと言う話は
自分を寝返らせるための世迷言にしか聞こえなかった。



それでも忍芽は引き下がらない。

「此度参ったのは彼女自身が勝手にした事。

真田が武田につく事は罪とは思いません。

もし罪があるのであれば
それは実の兄と弟が敵として戦う事。
それをあがないとうござりまする。」


「左様な覚悟を見せ、某の心をたばかりまするか!」
それでも隆永の信念を崩す事は出来なかった。


隆永は己の脇差を源太左衛門の前に出し、自害をしてその覚悟を見せよと言った。

目の前にある脇差に手が震える源太左衛門。


その脇差を忍芽は奪い取り、脇差を抜き放つと
己の首筋に構えた。


「お待ち下され!
このお方様は誠に死ぬ覚悟にござりまする。」


深井は奥方様の持つ太刀を止めて隆永に懇願した。



「もうよい!帰れ!!」
兄嫁の覚悟を知った隆永にはそう言うしかなかった。




それから、兄・真田幸隆が砥石城に参ったとの報せがやってくる。
海野家家臣・河原隆正も一緒だった。





武田との縁組により海野家再興が叶う事になった。


河原隆正の言葉によれば
長野業政の口添えによって海野家家臣は皆承諾されたと言う。

皆、恨みは捨て、某も武田に下りますると。


常田殿、武田は決して我ら滋野一族を粗略に扱わぬ。
信濃を平穏に治めようとしているのじゃ。

その力、最早村上にはござるまい。



「このわしの負けじゃ。」

常田隆永は武田に寝返る事を決意した。


承知致した。

河原隆正は妹の非礼を詫びた。


「わしは昔より兄上を羨んできた。それだけを更に増した思いよ。」

常田は幸隆にそう告げると忍芽を見据えた。


「姉上、負けました。」

常田の決心に忍芽はただ頭を下げるばかりであった。






松尾城に戻った真田幸隆は妻と息子を激しく叱り付けた。

馬鹿者めが。
そなたらはこの真田家の恥じゃ。

かような事でそなたらを失えば
家臣らに会わす顔がないわ。



そして幸隆は膝を折り妻の顔を見据えた。


わしが困るのよ。
わしが困る。
そなたを失えばわしが困るのじゃ。


わしが生きていけぬのじゃ。

そなたらがいなくなった時わしは生きた心地がしなかった。

そこまで心配をかけてすまなんだ。

なれど、二度といたすな。



「はい。」


幸隆は妻をしっかと抱きしめた。



「わしは妻にあんな事はよう言えぬ。」

相木は真田夫妻の熱に当てられた。

そして勘助は静かに立ち去っていく。






その夜、砥石城に謀反が起きた。



常田の手引きもあって真田の軍勢が先陣となり
武田軍は砥石城へ夜討ちを仕掛けた。

その軍の中には真田幸隆の嫡男・信太左衛門もいた。


真田の忍・葉月から常田が武田に寝返った事を知った須田新左衛門もまた武田に寝返った。
これにより砥石城は武田の手に落ちた。





その報せを聞いた村上軍は撤退を決めた。

如何にこの地に留まっても誰一人、武田から寝返る者はいなかった。

彼らは戦でも武田に負け、人望でも武田に負けを喫した。






村上勢の引き上げによって武田晴信は砥石城に入城した。


須田新左衛門の所領は安堵され、御館様の一字を受け須田信頼と名を改めた。
幸隆の嫡男・信太左衛門もまた名を真田信綱と改めた。

そして真田幸隆は兼ねての約定通り、所領を与え砥石城の城代に任じられた。




所領を回復した真田幸隆が第一にする事。

それはこの地に早速寺を建てる事だった。

その寺にかつて上州で世話になった僧・伝為晃運を招くという。

これで約束が果たせる。
これで本懐が果たせる。

それが幸隆には嬉しかった。


勘助、御主のおかげでまた我が里に帰る事が出来た。



そして、頭を下げる忍芽に勘助は戸惑った。





ふと簡素な墓が目に止まった。


我が里も今は戦で奪った領地。
そして幸隆と忍芽、勘助はその墓に手を合わせた。



そこで勘助は見慣れた物を見つけた。

思わず声が漏れた。

「平蔵」



かつて勘助が平蔵に渡した摩利支天。
それが今再び勘助の手に戻ってきた。


その摩利支天の重さに平蔵の親しい人を
一時とはいえ平蔵が守ろうとした里を
奪った悲しみを勘助は感じていた。







今回は最後の最後で見せてくれましたねぇ。


ようやく真田幸隆は本懐を遂げ、かつての所領を取り戻しました。

しかし、それまでの間
誰かがその地を自分の里にしようとしていた人達がいた。

そこを自分の居場所にするために。


その願いを真田は図らずも奪っていった。


彼らが手を合わせた墓に眠るのは摩利支天があった事からもわかるように
矢崎平蔵の義父・矢崎十吾郎が眠っています。

その墓に手を合わせる幸隆や勘助の姿を見るだけで
なんとも切ない気分にさせてくれます。


そして摩利支天を手にした時
全てを悟り悲しげな表情をする勘助の姿がまたいいですね。


ここでこういう演出をしてくれるとは憎いばかりです。




さて、もうひとつはこの真田家についてですね。





真田家の祖先は滋野氏と言われています。


滋野氏はそれから海野氏、望月氏、根津氏と分岐します。
この海野氏、望月氏、根津氏を滋野三氏と言うそうです。

真田氏はこの海野氏の分家に当たるようです。


また、海野氏には祖先に盲目の当主がいたらしく
そのために目の見えぬ者と深い関わりがあったようです。

それで武田の若君が海野家当主となって海野家を再興したのですが
この話の件が常田の寝返りのみならず隻眼の勘助との縁に結び付けていたのは
かなりの慧眼です(笑)





それから今回の海野家再興で見逃せないのは長野業政ですね。
関東管領上杉家の臣である業政は海野家が再興出来る事について
海野家旧臣をとりなして全員承諾させたのですからね。

敵ながら天晴れです。

放送後の風林火山紀行で箕輪城跡と共に長野業政の勇姿が紹介されていたのもいいですね。





それから締めは越後でしょうね。
景虎と宇佐美とのやりとり。



宇佐美、あの道安がやりおったか。


はっ、越後より手放した途端、砥石城を獲られました。



そう笑って報告していた宇佐美の顔が途端に険しくなる。



信濃統一が進みつつある。

信濃の次は越後。

つまり、それは武田との戦が近付いているという事になります。



越後としては武田の動きを更に注視しなければならくなったようですからね。







さて、次回の舞台は武田家家中。

ここで女の戦いが繰り広げられるようです。

これまたどうなる事やら(; ̄∀ ̄)

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この記事へのコメント

2007年08月27日 00:01
ikasama4さん、こんばんは♪
「海野家」→「真田家」→「常田家」ってのが良く分からなかったんですがikasama4さんの解説でやっと分かりました!
>それから今回の海野家再興で見逃せないのは長野業政ですね。
なるほどね・・・それで「長野業政」が最後の紹介にでてきたんですね・・・ふう~~んikasama4さんて学があるなあ◎
前に「北条家」と「関東管領」の解説も「キュート」なイラストつきで分かりやすくされてましたもんね。
この間「小田原」に行って来たんで、記事に「あれ」をリンク貼らせて頂きたいんですが・・・宜しいでしょうか?(ワタシのバカバカコメントが赤っ恥だけど)(><)
ikasama4
2007年08月27日 00:52
なおみ様
こんばんはです。
河原の言葉でのみの登場でしたが
海野家旧臣が全員武田家の提案に従ったのも
長野業政のとりなしがあったからこそなんでしょうね。
今年の大河はこういうさりげない演出がいいですね。

まぁその後武田は長野業政の箕輪城を
ガンガンに攻めるんですけど(笑)

でも業政存命の間、箕輪城は落ちないんですけどね(笑)

>・・・ふう~~んikasama4さんて学があるなあ◎
滅相もないです( ̄_ ̄;)ゞ

北条氏の記事リンクの件、了解しました。
どうぞ貼ってやって下さいませ(^▽^)
2007年08月27日 22:18
こんばんは~!

海野家再興の話が出て、やはり真田家の歴史や、その分家やそれを望む旧臣などの話が気になりました。
いつもこちらで勉強させていただけで、とてもありがたいです。

幸隆と弟は、何が原因で敵対していたんでしょう?
昨日のドラマ見ていると、弟も忍芽が好きだったのか~、なんて安っぽい原因が思い浮かんでしまったのですが、そんなことではないですよね。
ikasama4
2007年08月28日 20:40
さくらこ様
こんばんはです。

>海野家再興の話が出て、やはり真田家の歴史や、その分家やそれを望む旧臣などの話が気になりました。
この御家を巡って親兄弟が敵味方となって戦うのですからね。
それに真田家は関が原の戦いでも親子で敵味方になりますからね。
こういう家系なのでしょうね。

>幸隆と弟は、何が原因で敵対していたんでしょう?
幸隆も弟も共に海野家を滅ぼした武田を憎んでいましたが
幸隆は勘助の勧めによって武田家の家臣になります。
武田家の恨みを捨てて。

だから幸隆が常田隆永に共に戦おうと言われても
「わかりました」っては言えないんですね。

家臣として主家を滅ぼされた恨みはかなり深いですからね。
2019年05月07日 02:24
It's fantastic that you are getting thoughts from this piece of writing as well as
from our argument made at this place.

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