自殺する者の心 遺される者の心

このところ、ネットやテレビを見てるとやたらめったら
「自殺」という文字が目につく。


「自殺」
原因は色々ある。
まず挙げられるのは現実からの逃避。


病気でずっと苦しんでいて、これ以上は耐えられない

夫の暴力に悩まされて、これ以上は耐えられない

就職試験に落ちて3年近くフリーターでいる自分が情けなくてこれ以上は耐えられない

信じていた人に見事な程に騙されてしまい、これ以上生きていく事はできない


等々原因は様々ではあるが
自分に置かれた現状から逃げたくて
その方法のひとつに自ら命を絶つ事を選択する。


そうすれば、こんな思いをしなくてすむから。



次に挙げられるのは報復。

自分が死ぬ事で誰かに恨みを晴らしたい。

おまえのせいで自分は死を選ぶんだ。

おまえに自分が死ぬ事で後悔させてやる。



この手の考えは特に十代に多いらしい。



最近、報道では十代の自殺に関する報道は絶えない。
教育委員会。
いじめた生徒達。
そして学校の先生の問題を取り上げていく。

たしかに問題を取り上げて解決するのはわかる気がする。
しかし、そうやって問題を突付く手法に

「マスコミが僕達の願いを果たしてくれる」

そう考える人がいないとは言い切れないと思う。


今では「自分はこれから自殺します」と国に手紙を送りつけて
自分をアピールしようとする輩まで出てきた。



悲しいね。
命は道具ではない。




報道はあくまで自殺した少年の環境を綴っていく。
遺された者達がどのようにして生きていくのか
そんな報道はあまり見た事がない。



前にも書いたが、私が14才の時に祖母は自殺した。
私はその現実を認めたくなかった。
まさか、自分の家族でそんな事になるなんて。
この時まで自分が持っていた価値観みたいなものが一気に砕かれていく。

自分の心が壊れていく。

もしかしたら自分のせいで祖母は?

もしかしたら自分なら祖母を救えたのではないか?

自分を責める。

そして、なんとか自分を取り戻した時
自分は祖母が亡くなったのは、あれのせいだ、これのせいだと理由を挙げていた。

というか理由を求めていた。
そうして理由を求める事で自分を奮い立たせていた。


自分よりも祖母の子である父の方がもっと悔しい思いをしたのではないかと思う事もあった。
祖母の第一発見者となった弟の方が自分よりもショックが大きかったと思う事もあった。

でも、自分を保つために自分が一番悲しいんだと思う事が多かった。



それから12年経ったある日に祖父が亡くなった。
自殺だった。

その時、初めて気付いた。


自殺の一番の原因は人の心の弱さにあるのだと。



「死にたい」

何度となく思った事がある。


「逃げたい」

何度となく思った事がある。


「死ねば忘れられる」

何度となく思った事がある。



その時、ふと自分が亡くなった後の家族を考える。

家族に残したモノ



もしかしたら私のせいであいつは死んだのか
私ならもしくはあいつを救えたのではないのか

そんな堂堂巡りが延々続く


そうして

心を砕き
心を壊す
場合によっては人格さえも

そんな凶器を家族に使う事になる。

おそらく一生涯。



自殺によって自分が抱える苦悩から逃げられたとしても
その苦悩が今度は遺された家族に受け継がれる。
更に重みを増して。





あいつが悪い。
こいつが悪い。
色々と理由を並べたところで、そうやって誰かのせいにして
自殺を正当化してしまう心の弱さに根源があるように思う。





まぁ何でもいいから
自分が生きる支えみたいなものがあれば
自分が生きる拠り所みたいなものがあれば
生きていけるんじゃないだろうかね。


例えば家族とか。
家族でなくとも友達や恋人とか。



少なくとも、自分一人で抱えて逃げ出すよりかはマシだと思う。

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