白夜行 まとめ ~雪穂・亮司・笹垣を考察~



まず、最初に不満な点をいくつか。
まずは冒頭。
亮司の死をもってくるのはいらなかったのでは。
私はあれでしばらくの間、このドラマを「世界の中心で愛をさけぶ」の二番煎じにしか
感じられなかった。構図も同じ。音楽も似たような感じ。
主演、脚本、主題歌を歌うアーティストが同じだからとはいえ、
その構図まで似せてしまうとね。少々気分が殺がれた。

そしてラストの園村。
何故に自首する必要があったのだろうか?
それも数年たってからって。
次クールのドラマへの番宣か?とさえ疑ってしまうわな。
別段、必要なかったんじゃないの?と思えてしまったのが自分としてはいただけない。



さてと、愚痴はこのくらいにしてこっからが本題。


まずは雪穂に関して。

雪穂、そして篠塚にも共通しているんだが、両者とも願いを託されて生きてきたという事。
篠塚の場合、会社の跡取りとして立派な人間になろうとそういう立派な人間を
目指していた。というよりもどちらかというとそういう振りをしてきた。
雪穂の場合、学生時代は成績優秀で周囲から慕われる人。
そんな人間の振りをしてきた。それが自分が汚れていないと思わせる事ができたからね。
それがいつの間にか周囲から見る「雪穂」という人間像を作り上げ
そうやって「雪穂」を演じてきたように思える。
そこで唯一、素顔の自分をさらけ出す事ができたのが亮司だったと。
つまり、亮司という存在が「雪穂」から解放される場だったという事なんだろうね。

この二人の心境って最近よくある報道と照らし合わせると根底は同じだと思う気がする。
子に過剰に期待する親。
その期待になんとか応えようとする子。
そこから生じる歪みを誰かにぶつけたり傷つけたりしてしまう。

篠塚は雪穂を「自分が落ちた穴」と表現したが、
彼は雪穂をもう一人の自分の鏡のように感じていたんでしょうね。

そして人には少なからずコンプレックスがある。
雪穂の場合は自分の過去に対してコンプレックスを持っていた。
コンプレックスがあるからこそ、それをバネにして頑張ってきたのだが、
自分のようなコンプレックスをもっていない人間が自分が持ち得ないモノを持ち
そして、それが当たり前だというように生活している。それはそれで仕方のない事なのだが
雪穂には許せない。
自分より恵まれているのにそれを幸せと気付かないなんて不公平だとでもいうように。
世の中、不公平だ。誰しも一度はそう思った事はあるのかもしれない。
自分だけがなんでこんな目に遭うのだというような心境。
たいてい、自分の場合とかでも何かに没頭する事でそういう意識を消す事に努めていた時期が
あったように思うんだが、雪穂の場合はその人を自分と同じ目に遭わせる事でしか
満たされなかったのでしょうね。
道義的なもの、そういう根本的な考えはその時期頃までは
おそらく11歳で止まっていた感じがする。
それは何故って考えると・・・「親」という事になるんだろうかね。



次に亮司に関して

松浦も弥生子もかつては汚れを知らない子供だったけど、
自分勝手な大人によって笹垣の言葉を借りると「悪の華」に染まってしまったと。
そうして自分は松浦や弥生子、そして父によって心も魂も蝕まれる程に
同じような「悪の華」に染まってしまったのだと。
太陽の沈む事のない白夜のように毎日だらだらと続くように
自分は決して許される事はないのだと。

死ぬまでは。

そして自分が子供を作ったら、自分がいたら子供も同様に染まってしまう。
だからあんな遺言を残したのだろう。


どうか子供達に本当の罰は心と記憶に下されると
伝えてください。
飲み込んだ罰は魂を蝕み、やがてその身体さえ命さえ食い尽くす
どうかその前に
どうか親たちに伝えてください。



そして図らずも亮司は人の親になってしまった。
その時、亮司が子にできる事は何かを考えたとすれば
それは自分の子を自分のように罰を下さないためにできる事。
すなわち自分と子を関わらせない事。
そう考えた時、亮司が選んだ選択が・・・あれだったんだろうな。
笹垣の親としての背中を見せるという思いもわからなくはない。
亮司なりに考えた結論も亮司の生き様を振り返るとそう考えたのもまたわからなくもない。
ただ、笹垣としてはやり切れないだろうね。
亮司を救ってやる事ができなかったのだから。

さて、ここまでの雪穂と亮司、二人の思いを考えると自分の中で浮かぶ共通点は
「親」という事になった。
単純に「親」が悪いから二人はこういう罪を重ねたという訳ではなく
「親」である人、そしてこれから「親」となる人に改めて
「親」というものがどういうものなのか、考えて欲しい。
私はそんな風に感じられます。




そして、今度はこの二人を見つめ続けてきた笹垣の立場から。
笹垣は刑事でしたので、
是は是。非は非。罪は罪。
と、この主張は一貫して変わりません。
ただ、亮司と雪穂、二人を追い続けるうちに別の思いが沸いてきます。
それは彼が各話で語った説法よりそれが徐々に窺えます。

第1話(録画したのがまだあった(^▽^;))
「我が心のよくて、殺さぬにはあらず。また害せじとおもうとも、百人千人を殺すこともあるべし」
親鸞聖人が書かれた「歎異抄」より
私の心が優しく善良であるから、殺さないのではない。
また殺すまいと思っていても、百人はおろか、千人を殺してしまうこともあるのだ


第4話
「いずれの行も及び難き身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし」
「歎異抄」より
求めて求めて、行き着いた結果、地獄しか行き場がなかった


第5話
「念仏申せば八十億劫の罪滅す」
「歎異抄」より
一声のお念仏によって、八十億劫という長い間迷いの世界で苦しむほどの重い罪が消えさる

第6話
「苦悩の故郷捨て難く 安らぎの浄土は恋しからず候」
「歎異抄」より
苦悩の故郷捨て難く⇒
人間である以上は愛するものを持ち憎しみを持ち、
深い欲求を持って生きている様子。

安らぎの浄土は恋しからず候⇒
故郷を飛び出し新しい世界で出て活躍していく。
でも、そうしているうちにいつの間にか故郷の方が恋しくなる。
そして愛欲と名声に執着してしまっている様子。


第7話
「念仏は浄土に生まれる常あり。
地獄に落つべき業や総じて存じせざる也」

「歎異抄」より
念仏が浄土に生まれる種であるのか、あるいは地獄に堕ちる業なのか、自分には分からない。


第9話
「弥陀の本願 悪人の成仏のためなれば」
「歎異抄」より
弥陀の本願⇒
阿弥陀の教え・願いと解釈しました。
悪人の成仏のためなれば⇒
阿弥陀様にすがるのは悪人であればこそ


まず共通点は親鸞聖人の言葉から来ているものです。
彼の思想というか教えはすご~く簡単に自分の解釈で言うと
たとえ悪人であっても救いはあるというものです。



公式HP
武田鉄矢さんのインタビューより
「歎異抄」
「善人なほもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや」
⇒悪こそ神の救済の対象なんだ

つまり雪穂と亮司の二人を救える宗教はマリアではなく
「歎異抄」、つまり親鸞聖人の浄土真宗だけだという事を示したかったそうです。



二人を追う中で笹垣は慈悲の心が芽生えたのでしょうね。
修行僧が苦行の末にたどり着いたのは悪人であろうとも人である限り
受け入れるという思い。
「罪を憎んで人を憎まず」等とよく時代劇なんかで言われるような台詞がありますが
それを身をもって証明したような姿だったと思いますね。

亮司にとっての救いは笹垣という人間が存在して、自分を受け入れてくれた事。
そして雪穂にとっての救いは亮司と交わした約束を亮司の子を通して果たす事ができた事。
そして、そんな二人が求めていたものは
ただ、二人で太陽の下で手をつないで歩いてみたかった。

まぁ私の独断と偏見でそう感じただけですが。(苦笑)
みなそうやって何かしら救いを求めて生きているという事なんでしょうね。

以上、長々と書いたもんだ。(大汗)

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