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zoom RSS 花燃ゆ 第20話 「松陰、復活」

<<   作成日時 : 2015/05/17 23:10   >>

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長州藩は
公武合体から破約攘夷に大きく舵を切った

この意見を採用する事で藩内も大きく変わった



長井雅楽は執政の場から去り
周布政之助が政権を動かす事となり

それにより久坂玄瑞ら松下村塾生が重用される事となった

更にこの藩是は生前吉田松陰が主張していた言葉であり
これにより小田村伊之助は寅次郎の赦免を嘆願


これが藩主に認められ
寅次郎の名誉が回復され吉田家の再興も許される事となった

また寅次郎のまとめた本が幾多の者達によって
写本される事になっていた


更に諸藩一致でこの藩是を主導するために
小田村伊之助は支藩でもこの藩是を推進してもらうように奔走した



支藩というのは
ある藩主の一族が身内に所領を分与させる事で
新たに成立させた藩の事である

この時
親となる藩を本藩と言った

この支藩は
本藩で藩主が早世したり世子がなかった場合
支藩から養子を迎える事により本藩の断絶の危機を回避する
役目を担っていた

長州藩では
長府藩・徳山藩・清木藩・岩国領がこれに当たる

そして岩国領は代々吉川家が当主となっていた


ここで岩国が「藩」ではなく「領」となっているのには理由がある


理由は1600年 関が原の戦いにあった

西軍についた毛利家
だが吉川広家は東軍に内通し毛利家の動きを封じて
毛利家を関ヶ原の戦いに参戦させなかった


これにより毛利家は長門・周防の二カ国に減封された

そして吉川広家は毛利家より岩国を与えられた

だがこれ以降
長州藩の歴代当主は吉川家当主を岩国藩の藩主ではなく
陪臣という他の支藩の藩主の中で著しく扱われていた

そのため岩国は「藩」ではなく「領」とされていたのである


小田村伊之助はこの点に目をつけ
長州藩に協力すれば吉川家の家格を上げると持ちかけたのである―――――




まずこの点を説明しないと「岩国領」の話が進まないのよね
伊之助の交渉の意味もね

相変わらず説明ばっさりしすぎだよねぇ


こういうとこは藩の内情としてしっかり描いてもいいのかなと
思ったりするんですけど

ま、あまりやりすぎると話が煩雑になりそうなとこでもあるからね


ただあそこで小田村にああいう主張をさせるなら
何故家格が低いのかという理由は必要だよね


吉田松陰の名誉が回復した事で
更に破約攘夷派が勢いづきそうだけど

それだけに後に起こる事が怖いって事でしょうかね

ちなみに「破約攘夷」を「早く攘夷」と思ったのは
私だけでしょうか; ̄∇ ̄ゞ



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【 花燃ゆ 】第20回 「松陰、復活」感想
上海から高杉晋作(高良健吾)が萩に戻り、毛利敬親(北大路欣也)に提言し 異国の脅威を訴える。 また小田村伊之助(大沢たかお)は、毛利家の一族で領地を分け与えられている 4つの支藩を訪ね、政策の一致団結を目指して駆け回っていた。 夫の帰りを待つ文(井上真央)は自らの力で松下村塾を守っていくことを心に決めるが、 その頃、京都の久坂玄瑞(東出昌大)は芸妓の辰路(鈴木杏)に窮地を救われ... ...続きを見る
ドラマ@見取り八段・実0段
2015/05/18 02:39

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ikasama4様、こんばんは。

早く攘夷〜と甘える感じで言ってもらいたいですな。

長州言葉は標準語の原型という説もありますが
長州訛りもあるはずなのでせわないの他にも
聞いてみたい今日この頃です。

公卿に人気の玄瑞は
口内炎の治療以外にもいろいろしているのではないかと
妄想しております。

毛利慶親は少し若い感じに仕上がっていて
トレビアンでございました。
第14代の定広は徳山藩からの養子でしたよね。
岩国領の吉川家も苦難の道を歩きますからな。
そういう事情を知りたがりの文が
ものしりの父上から聞きだすみたいな感じで
出番を作ればいいのにと思うのですな。
ま、大河にワープはつきものですが
江戸、長崎、上海、萩、江戸と
晋作ワープしすぎの回でございました・・・。
キッド
2015/05/18 20:48
キッド様
こんばんはです
攘夷=吉田松陰の名誉回復
そういう図式だからこそ門下生や
松陰を慕う者達は躍起になっていた

それから攘夷=出世の糸口となっていった

みたいなところでしょうかね

それはそれとして
もう少し毛利家の支藩の状況を
きっちり描いてもらわないと吉川家が
どうしてそうなのかもよくわからんですよねぇ
ikasama4
2015/06/08 22:43

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