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zoom RSS 八重の桜 第49話 「再び戦を学ばず」

<<   作成日時 : 2013/12/09 01:52   >>

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襄が亡くなってから数ヶ月が過ぎた

私は同志社を単なる学校ではなく
一つの家族として生徒達と共に生きる場所にしたいと願ってきました



ふと英語を学ぶ女生徒がある文を読みなぞっていた


私は学校を作りたい
それが私の夢だ
苦しむ人々への光は
権力やものではない
真の教育なのです

「これは新島襄が帰国した際に演説した一節です」

スタークウェザー先生がこう強く語った


「新島校長の夢を受け継ぎます」

そして暗い表情を浮かべて言葉を続けた

「ひとつ気がかりなのは
来なくなった生徒達の事です」



富国強兵に邁進する政府
前年「教育勅語」が発表され全国の学校に配付された
親への孝行
兄弟への友愛など日本古来の道徳心を重んじるとともに
「国家の危機には忠義をもって天皇に尽くすべし」
との一条があった


それによって今年の同志社への入学者が5分の1にまで減っていた

この有り様に覚馬は思う・・・

「教育勅語」か・・・
教育の名の下に人を縛るような事があってはなんねえが・・・




赤十字では看護婦達に包帯の巻き方等を指導する八重

「会津の戦の時には
銃で撃ち抜かれた人砲弾で吹き飛ばされた人が大勢いたけんじょ
今はあのころより武器は強力になってる
戦の傷はむごいもんですよ
しっかり学んでくなんしょ
私たちの武器は知識だけなんだから」

今の若い子たちは戦を知らない

それだけに八重は懸念していた


「若え人は錦絵でしか
戦を知らねえから勇ましいとこしか見えねえんだべ」

京都に戻った八重は
母・佐久に東京で自分が感じた事を語るとそう言った

「浮ついた気持ちではいざっつう時に役に立たねえ
また戦が起きんだべか」


その時
ちょうど健次郎がやってきた

兄・浩は今
会津に何があったのかを書き残そうとしているので

あの頃
京都で会津に何があったのかを覚馬に教えてもらいに来たのであった



覚馬はあの時の事を語りだした

「文久3年8月あれは会津の命運を懸けた戦いだった

殿は全軍を率いて
御所に向かわれ長州を都から取り除かれた

この時の働きで帝から厚い信任を得た

だが帝の崩御をきっかけに全てがそっくり裏返った

今度は会津が勅命をもって都を追われた
命を懸けて都をお守りしていたのに

勤王の志は薩長も持っていた

薩摩の西郷
長州の木戸

彼らにも思い描く日本の見取り図はあった
戦をせず国を滅ぼさぬ道もあったはずなのだ!」


薩長にも正当性があったとする覚馬の主張に八重らは驚いた

「望んで戦をした訳でねえ!
私たちのご城下に敵が土足で踏み込んできたのだし!」

「大君の義
一心大切に忠勤を存ずべし」

この言葉に八重と健次郎は平伏した




「御家訓のこの一条に会津は縛られてしまった。
いくつもの不運があった
はかりごとに乗せられもした
それでもまだ引き返す道はあったはずだ」

「覚馬先生!
あなたは忠勤を尽くした大殿と会津の人々をおとしめるのか!?
会津には義がありました」

「向こうも同じように思っていたろう
誠意を尽くす事は尊い
それだけでは人を押し潰す力をはね返す事はでぎねえ!」


「繰り言など聞きたくない!」

健次郎は強く床を叩いた

「覚馬先生は会津魂を忘れてしまったのではありませんか?」

その二人を制するように八重は語った

「健次郎さんは長州の人たちの助けで学問を修めた
捨松さんは薩摩の大山様に嫁いだ
皆恨みばっかり抱いてる訳でねえ
んだげんじょ亡ぐなった仲間たちを思うと
会津が間違っていたとは決して言えねえ」


覚馬はそれ以上何も言わなかった


ふと八重は思った

新しい知識はいつも兄様が持ってきた
兄様の目は人よりも先を見ていて
周りの人がどんなに反対しても
進むべき道はこっちだと言い続けてた




「京都に来た時会津本陣で言われた
同じ日本の中でもう戦はしてはなんねえと」


「ああ
だがまた戦は始まんべ
それを避ける道を考えていたのがし?
会津が敗れた理由の中から」

「国を失う痛みは会津が一番よく知ってる
人間の知恵や知識で戦が避けられねえのなら
学問など無駄なのか・・・」


八重はこの時初めて苦悩する兄の姿を見た

「兄様は学問は武器だと言った
学問をすれば答えが見つかると
だから私は学んだ
それが襄の学校作りの役に立った
襄は生徒たちに国に縛られず自分の力で考え抜く人であれ
そう教えてた
私はその中に答えを見つけたんだし
自分の力で考え抜く人であれ
襄の子どもたちはきっとその思いを受け継いでいってくれる
兄様
諦めねえでくなんしょ

誰よりも先を見てもっともっと教えてくなんしょ」







同志社英学校 卒業式に
覚馬は言葉を述べた


「弱い者を守る盾となって下さい
かつて私は会津藩士として戦い
京の街を焼き故郷の会津を失いました

その償いの道は半ばです

今は世界が力を競い合い
日本は戦に向けて動き出した

どうか聖書の一節を心に深く刻んで下さい

その剣を打ち変えて鍬となし
その槍を打ち変えて鎌となし
国は国に向かいて
剣を上げず二度と再び
二度と再び戦う事を学ばない

世界の良心であって下さい
その知恵で抗い道を切り開いて下さい

それが身を以て戦を知る私の願いです」


それから同志社英学校の運営から手を引いた覚馬は病に倒れた


駆けつけた八重に覚馬は言葉をかけた


「八重
母上をよろしく頼む」

「風を・・・入れてくなんしょ」

八重が衾を開ける¥た

「会津はもう雪だべか・・・」

「んだな
やっと帰れんな
みんなが待ってんべ
三郎も旦那様もいんのか?
覚馬・・・長ぇ事ご苦労だったな」

「戦を生き延びて
二人がいてくれたから
会津の男として生きてこられた
ありがとなし・・・」


覚馬は64年の生涯を遂げた


それから数カ月後
松平容保公が亡くなったと新聞で記事になっていた


かつて八重が忠節を誓った主の死


「みんないなぐなってしまった」


「八重さん
何を泣いているんですか?」

八重の後ろの方でささやく声がする


襄だ

「亡くなった人達はもうどこにも行きません
あなたの傍にいてあなたを支えてくれます
あなたが幸せであるように
強くなれるように
強くあるように」

襄の手が八重の肩を支える


その手に八重はそっと手を重ねて涙した


その頃
世界は急変していた


朝鮮半島南部で農民の反乱が勃発

朝鮮政府は清国に派兵を要請

これに対し日本は8000人という大兵力を派遣する
閣議決定を下した

日本の国権拡張のためには半島の安定が第一であるとして


この状況に国民世論も開戦を望んでいるとして
開戦の機運は一気に盛り上がっていった


そして8月1日
日清両国は遂に宣戦を布告した




八重は大山巌の下を訪れていた


「久しぶりにごわんな」

「御無沙汰しております
大山様にお願いがございます
赤十字の京都支部は広島の陸軍予備病院に
看護婦を派遣する事を決めました
敵味方の区別なく傷ついた人を救護します
戦場で敵を助ける事などねえという人たちがいると聞きました」

「清国は赤十字の協定に加わっちゃおらん
日本のみが救護の義務を負うとは不適当っちゅう者がおる」

「よい事を自分たちから始めんのをためらう事はありません
苦しんでいる人たちに手を差し伸べんのが
文明というものではねえのですか?」

「おなごには戦場での看護は無理じゃっちゅう声もある」

「赤十字社の看護婦たちはよく訓練を積んでいます
大山様反対する声を鎮めてくなんしょ
私には分がんねえ
この戦にどんな意味があんのか
んだげんじょ戦は始まってしまった
私はできる事をやらねばなんねえ
一人でも多く助けます」

八重の言葉に応じるように大山は応えた

「敵なればとて
傷を受くるか
病にかかりたる者を
いたわり救うは人の常なり
仁愛の心をもってこれに対すべし

おいは出陣に際し全軍にこげん訓示しようち思うちょる」

「八重さあ
行こかい」

「はい!」

八重は力強く頷いた―――――







教育の名の下に
国民世論を開戦に導いていく

会津と薩長

どちらにも正義があった

そしてどちらにも非があった


日本の愛国思想

それはかつて家訓によって
会津が戦争に向いていった流れと同じではないか


覚馬はそう感じずにはいられなかった

という事なんでしょうね


愛国という名によって国は戦争に流れてしまう


そんな危惧が覚馬にはあった


覚馬もまた道半ば


覚馬も迷っていた

だからこそ彼もまた自分なりの道を模索していた




そんなところが感じられました


そういう点でいくと
某国の愛国主義というのも
その教育の弊害であると言えますかねぇ


その事は松平容保公も感じていたみたいですね

だがそれを認めてしまっては会津の正当性が消えてしまう

だから山川浩は
会津は死して武士の生き様を示す事ができたとして

主君の決断は決して間違いではなかったと訴えたようですね


それにしても
死んだはずの襄を感じさせる演出を持ってくるとは

それもこれも神を信じる者に与えられる奇跡というやつでしょうか ̄∇ ̄


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【八重の桜】第49回 「再び戦を学ばず」感想
明治23年に教育勅語が発表されると、覚馬(西島秀俊)は、天皇への忠義を課す一節に 懸念を抱いていた。 そんな覚馬のもとに、東京から健次郎(勝地涼)が訪ねてきた。 兄・浩(玉山鉄二)に代わって幕末の戦記を仕上げるため、京都でどのように薩長と戦って いたかを詳しく取材するためだ。 しかし、覚馬が薩長にも勤王の志はあったと語ったことに、健次郎も八重(綾瀬はるか)も 激しく反論する。... ...続きを見る
ドラマ@見取り八段・実0段
2013/12/09 12:14

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ikasama4様、こんにちは。

気がつけば年の瀬・・・窓の外では東京スカイツリーが
クリスマスな感じのイルミネーションでそれなりに
美しく光っておりまする。

好みの問題はありますが・・・さすがに
終盤にきて・・・戦い抜いてきた女の生きざまが
悲しくも美しく浮かびあがってまいりましたねえ。
彼女が憧れた男と・・・彼女に憧れた男が
去っていった後で残された彼女の生きる道。
それはそれなりに栄光の道だったような気がしますな。

現在に生きていれば・・・女性警察官か
女性自衛官になって
五輪の射撃で・・・金メダリストになっていたのかも・・・
そんな気がしたラス前でした・・・。
キッド
2013/12/10 17:52
キッド様
こんにちはです

12月になると
もうあっというまに年が終わったなと
感じてしまう今日この頃

年月を重ねても
覚馬も八重も

凛とした佇まいを崩さない

こういう生き方というのは
なかなかにできるものではありません

是非とも今の人達に見習ってほしい
と言ってるような気もしますが

まぁそれをつくる人も同様なんでしょうけどね

下手に視聴率に媚びるような作り方をしないでね、という事で
 ̄∇ ̄
ikasama4
2013/12/30 16:28

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