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zoom RSS 八重の桜 第42話 「襄と行く会津」

<<   作成日時 : 2013/10/21 00:22   >>

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国会開催の詔勅を受け
板垣退助は自由党を結成した

そこで彼は暴漢に襲われ負傷した

「わしが死んだち・・・自由は・・・自由は死なんぜよ!」

板垣が襲撃された事件は
「自由ハ死セズ」との言葉と共に
全国に広まり政党政治確立への機運が一気に高まった



新島襄は板垣退助を見舞いに
大阪まで出向いてミルクセーキを振る舞った


襄は板垣退助と全く面識がなかった
見舞いとかこつけて勝手に押しかけて大学設立に
協力して頂けるようにお願いしてきたらしい


だが襄は
そこで板垣が語った言葉を八重らに言う事は出来なかった



人民の力を思い知ったは会津の戦やった

会津の武士はよう戦った

近隣の農民は傍観するばかりやった


わしはぞっとした

武士だけが戦うても
人民がそっぽを向いていては国が滅びる

人民に上下の区別があっては
日本は強い国にはなれん

もし武士と人民が協力すれば
会津は焦土にならんかったやもしれん――――――




みねは今治で元気にやっていると
八重の下に手紙が届いた


ふと八重は思う


みねの結婚を
うらに教えてあげたい



今年の夏休みの伝道旅行ですが会津に行こうと思っています


うらの事を思っていた八重は襄の言葉に驚いた


前から一度東北を回ってみたかったんです
八重さんも一緒に行きませんか?


どうして東北に?


東京や京都だけが学問の場ではありません
いずれ 日本各地に私学を作りたいのですが
まず東北から始めます
戦の深い傷を負った所から




襄と八重の旅行には
みねとその夫・時雄も同行する事となった



だが覚馬は京に残った



盲目となった覚馬の目にもう故郷が見えることはない


彼の脳裏に浮かぶ事


それは妻・うらとの祝言の夜であった


幸せだったあの日―――――





襄と時雄は陸路で
八重とみねは海路で

まずは襄の故郷である安中に向かった


安中には伝道を行う海老名がおり
その海老名の下には時雄の妹・みや子が嫁いでいた

そこには猪一郎も来ていた

襄と旅路を共にしたらしい

その道中で襄と猪一郎は蕎麦の食べ比べをしたらしい

猪一郎が11杯で襄が12杯

それで襄が勝ったらしい


その話を八重は喜んだ
勝負は負けたらつまりませんと


そこで猪一郎は今の自分の現状と己の夢を語った


青年たちに自由自治を教えている
日本の将来を背負うのは青年だから

だがどうしてもキリスト教は信じ切れない

でも新島先生の事は信じられると言う


その猪一郎は自分で新聞社を作りたいと考えていた

誰からも縛られない自由に記事の書ける新聞を
この手で作りたい

ただの夢で終わらせない
事業計画なのだと



そうして猪一郎と別れた
八重と襄
みねと時雄は東北の地に向かった


最初に訪れたのは八重とみねの故郷・会津であった




会津だ

ここです
ここが私達の故郷です

ようやく戻ってきました



八重達をあの頃と同じ景色が迎えてくれた


しかし
かつて会津の城があった場所は長屋が建っていた

会津の城は7年前に取り壊されたらしい


八重達は
かつて自分達の家があったと思われる場所に足を運んだ

そこも長屋が建っていた

八重は住人に許可をもらって
中に入らせてもらった


そしてここに角場があった事に気付いた


ここに住んでいた時の記憶が八重の中で鮮やかに蘇った


大事なものはここにあった

あの日
あんつぁまがゲベール銃を担いで会津に戻ってきた

その銃を角場で撃つあんつぁまを見て
私もあんつぁまみてぇに鉄砲を撃ってみでぇと思った

んだけんじょ
おとっつぁまもおかっつぁまも
おなごが鉄砲撃ってなじょする
おなごは薙刀さやるもんだと

私は鉄砲に夢中だった

おなごが鉄砲撃つなど許されなかったから
こっそり砲術の本を書き写しては見つかって
叱られて取り上げられて

それでも諦めなかった


「にしは侍の娘だ
始めっと決めたら極めるまで
引く事は許さねぇ
覚悟はいいな」


いづか強くなって会津を守ると思っていたげんじょ
それがなじょな事かあの戦までわかんなかった



そしてこの場所で
八重は尚之助さんにプロポーズされた


幸せだった会津の暮らし
思い返せば一つ一つがいとおしくて

んだげんじょ穏やかな日々は途切れてしまった


三郎は死に
会津は都を追われて新政府軍が御城下に迫ってきた


「私達の大事な故郷・会津はこの手で守る」


会津は戦場に変わった


皆でお城に篭って戦って

父はこの戦場で亡くなった

そして燃えてしまった

私達の御城下が―――――



あれから14年


必ず蘇ります
八重さん達の美しい故郷は



嬢様・・・八重嬢様でねぇか?



突然八重に声をかけてきた女性がいた


それはかつて山本家で下女として働いていたお吉だった


お吉は共に山本家で下男として働いていた徳造と夫婦になったらしい


二人が夫婦になったのは村に戻ってからすぐの事だったらしい


昔の思い出を懐かしむ八重達であったが
うらの事が話題に出ると

お吉と徳造はとたんに口をつぐんだ


うらはお吉らと共にいた

だが山本家とは縁が切れたからと
山本家の事は決して口にされないらしい



おそらく今ならうらはここにいるだろう


お吉にそう教えてもらって
八重達が向かった場所は諏訪神社だった


「姉様!」
「おっかさま!」


うらは諏訪神社でお願いごとをしているようだった


「11年前に山本家とは縁が切れた
親子の縁もあん時に切った」


そう言って立ち去ろうとするうらを八重は呼び止めた


「ずっとみねの無事を祈ってくれていたんだべ?」

「私嫁に行ったんだよ
いい人に望まれてみんなに祝福されて嫁に行った」


驚くうらに向かって
伊勢時雄が帽子を脱いでおじぎをした


「・・・よがった・・・よがった!」


「おっかさま!」

「みね
綺麗になって・・・幸せに暮らしていんのか?」


「はい」


「よがったなし」


「おっかさま
一緒に帰ろう
一緒に暮らすべ
昔みてぇに」


「この櫛・・・」


「おっかさまの・・・」


「よーぐ似合ってる
私は行かねぇ」


「なじょして?
おっかさま一人置いていけねぇ!」


「今まで大事に育ててくれた人をないがしろにしてはなんねぇよ
悲しませたらなんねぇ」


「だげんじょ・・・」



「あん時私が自分で決めた事だ
会津で生きていく
八重さん・・・達者で・・・」



そうして一人
うらはその場を立ち去った



「私余計な事をしたべか・・・
またつらい思いをさせてしまった」


帰宅した八重は襄にそうもらした

うらにもみねにも


「でもほほ笑んでおいでだったのでしょう?
重荷を下ろしたのではないでしょうか
みねさんの幸せを見届けて
私は会津に教会を作ります
傷ついた人が息をつき荷物を下ろせる場所」

「襄・・・」

夫の言葉が八重の心を慰めた





「八重たちは米沢を回ってから戻ってくるそうだ」


京にいる佐久と覚馬の下に
八重から手紙が届いていた


その手紙を佐久が読み覚馬に聞かせていた


「会津はなじょな様子ですか?」


「昔の面影はねえけんじょ
角場の跡が残っていてお吉と徳造に会えたそうだ」


「元気でいたのか
よがった」


「んで
あの2人がうらを助けてくれてんだと」

「八重たちがうらに会った」


「心配いらねぇ
みねは元気で今治に戻ったから」


二人の会話に時栄が割って入る事は出来なかった

ただ時折聞こえてくる「うら」という言葉が
時栄の心にひっかかった



一方東京・山川家では
捨松が留学先のアメリカから帰ってきた

10年ぶりの日本である

だが山川家の家族は
異国の言葉を話し異国の風習に染まった捨松に
ただただ圧倒されていた―――――






今回八重が会津での思い出を語る時
これまでの回の回想シーンが登場するのですが

八重の語りと共に回想を見せることで
もう自分でもびっくりするくらい泣いてしまいました

しかもこの回想シーンが
会津での八重が幸せを感じていた日々の事なので

その幸せが強調される分

もうその幸せな日々が戻ってこない虚しさが強調され
より切ない思いにさせてくれます


こういう経験をしている人にとっては尚更です



また覚馬もふと会津で思い出した幸せな時は
うらとの祝言

というのもね


でもそれを思い浮かべても
まったく喜んでいる様子がない



たまりませんね


会津のおなごは強情
自分がこう決めたら絶対に変えない


八重がそうであるように
うらも同じ


だから八重も無理強いができない


だけれども
うらがこの日
娘に会えたことは互いにとってよかったのではないか


そう思える襄だったようですね



さて次回は
山川捨松の登場

新島情よりも更にアメリカナイズされた山川捨松の登場に
八重らがどんな反応を示すのか

実に楽しみでございます


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タイトル (本文) ブログ名/日時
【八重の桜】第42回 「襄と行く会津」感想
新婚のみね(三根梓)と伊勢(黄川田将也)を連れ立て、襄(オダギリジョー)は八重 (綾瀬はるか)とともに会津への伝道旅行に出かけた。 みねを連れて行くことにしたのは、八重の中に、生き別れたうら(長谷川京子)に再会できる かもしれないという淡い期待があったからだ。 そして、ついに踏みしめる懐かしい故郷の土。 山本家が建っていた場所は長屋に変わっていたが、ふとした拍子で、ある残骸を見... ...続きを見る
ドラマ@見取り八段・実0段
2013/10/21 03:19
八重の桜 第42回「襄と行く会津」
タイトルだけ見ると、パックツアーの名前かと間違えてしまうようなものですが、襄が会津に行きたいと思うようになったのは、板垣退助に優しくミルクセーキを作ってあげたときに、彼から会津について聞かされたからというシナリオで進んでいきます。京都に帰るとさらっと会津に旅行に行こうと思うと進言する襄に八重達は驚くとともに、ずっとこの時を待ち望んでいたという期待をも感じているようでした。確かに、みねと伊勢も... ...続きを見る
ともさんのふむふむ大辞典
2013/10/21 22:29

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
ikasama4様、おはようございます。

台風26号27号28号が次々と来襲する季節・・・。
まるで最終回のような今回は
不意打ちをくらったように涙があふれるファンタジー回でございました。

ミルクセーキから入って
会津の武士たちの限界を階級闘争的に語る板垣・・・。
まあ・・・上士と下士がいろいろあって
こうなった旧土佐藩士だけにそれなりに含蓄がございます。
なにしろ・・・龍馬が後ろ姿だけの凄い大河ですからな。
そこからの・・・楽しい思い出も哀しみのすべてもが
失われた大地へ・・・。
八重がその地についてから・・・涙なくしてはみれない回でした。
まあ・・・この回を見るために今までのすべてが
あったんだなあとキッドは納得しましたぞ〜。
キッド
2013/10/22 02:54
とあるブログにて「襄と行く会津」というタイトルがパックツアーの名前のようだとありましたが、私もそう思いました。今回は「故郷へ帰る」というタイトルでもいけるんじゃないかとも思いましたが、八重はおろか山本家にとって現在は京都がホームグラウンドとなっている以上は「帰る」という表現が正しいのかという事にもなってしまいそうですが。
しかしながら会津時代の関係者との再会や回想とはいえ、尚之助さんや権八さんといい懐かしい面々の再登場といい観ている側からしても思いっきり懐かしさを感じてしまう内容でもありました。かつて城のあった場所や山本家の角場が長屋となってしまった所といい、あれだけ凄惨な戦いが展開された場所もすっかり過去のものとなってしまいそういった事を知らない人達が現在の暮らしを営んでいる点にしても、時間がかなり経過してしまった印象があって、センチメンタル・ジャーニーという感じでもありました。
今回は一人会津に戻ったうらとの再開がメインのような印象でしたが、この再開エピソードは娘であるみねの成長イベントでもあったともいえるのでしょうか。伊勢時雄との結婚エピソードは前回にありましたが、親元からの巣立ちという意味で。余談ですがみね役の三根梓さんは数年後ぐらいに朝ドラのヒロインに抜擢されるんじゃないかとも思いました。
MoTo
2013/10/27 01:11
続きます。

他にも襄が療養中の板垣退助の元を訪ねた際に板垣が語った会津の戦いで人民の力を思い知ったという話の中で、会津の武士は勇敢に戦ったが農民達は傍観するばかりだったとか武士と人民が協力すれば会津は焦土になる事はなかったいう言葉は以前読んだ会津戦争について解説したサイトで引用されていた会津出身の軍人である平石弁蔵が記した『会津戊辰戦争』にて平石が板垣にインタビューした際にも同じ事を語っていたという事を思い出しました。実際の所は会津の民百姓は傍観どころか新政府軍の手引きをしていてそれこそ上下の温度差は深刻なものでしたが。本作でも鶴ヶ城に入りそびれて閉め出された日向さん一家が近隣の農家に匿ってもらおうとしたら農民が門前払いしたシーンがありましたね。
後は襄の生まれ故郷でもある安中のシーン並びに紀行では紹介された安中教会が出てきましたが、これらを見て現在の安中市には新島学園という襄の名前を冠した私学が存在する事を思いだしたのですが(ちなみにギタリストの布袋寅泰氏の当学園の出身者)、襄の教え子達の安中での活動が実を結んだものである事を調べた中で知りました(最も学園の基礎が出来たのはドラマの時代よりも遥か後の第二次世界大戦後になるのですが)。
次回は大山巌のアメリカ帰りの山川捨松へのプロポーズを巡っての山川家の事情(アメリカナイズされた捨松に対するカルチャーショック含む)や八重と大山の腕相撲勝負とかどこかギャグタッチなエピソードのような感がしています。
MoTo
2013/10/27 01:15
新米ブロガーみほみほですサィコ⌒Y⌒Σ(b*´∀`●)⌒Y⌒ゥ☆ikasama4さんのブログって本当に面白いですよね(o^∀^)ikasama4さんのようなブログが書きたいと思ってる女の子です壁|▽//)ゝテレテレよければ、みほのアメブロも見てくれませんか??あっ!わけありでコメント止めちゃってて、メアドに直メほしいです(´∀`*)ブログ友になってください(^▽^●)
mihomihohappy@docomo...
2013/10/30 03:07
キッド様
こんばんはです
まるで車懸りのように次から次へと
やってくる台風達

ラスト
娘の事を常に案じていた母
だが夫の事は全く口にしなかった

こうと決めたら梃子でも動かない
正に会津の武家の娘という感じですな


そして会津戦争での
会津の武家と農民との関係性を語る板垣

この辺の描写があれば板垣の言葉にも
説得力があったのではと思ったりしたのですが

まぁそれにつけても
かつてありしの山本宅

ここを振り返る一連の流れ

もうここは今回というか
この作品で一番の見せ場でした ̄∇ ̄b
ikasama4
2013/11/13 00:32
MoTo様
まぁ襄の故郷・安中にも行く流れがありましたから
こういうタイトルになったのもその辺の事情があって
の事かもしれませんね

会津にはもう戻る家もないですしね

それにつけても
幼き頃ここで過ごした山本家での生活

この回想を八重のナレーションベースで見せる

ここはもう文句なしに素晴らしかったです

今はもうここに帰る場所はない

それが一番泣かせます


三根梓さんは吉永小百合さんの再来ではとも
言われていますから今後朝ドラなり大河ドラマなり
ヒロインに抜擢されるやもしれませんね
ikasama4
2013/11/13 00:32
MoTo様
板垣さんが語られた言葉と

日向ゆきが農民から門前払いされたシーンは

ここでつながってくるのかとも間接的に
感じられるのですが

もう少し会津の武士と農民との関係性が
言葉ではなく描くことができたら

この辺もわかりやすかったのかなとも
思ったりもしますがね

それにしても
八重と大山巌との腕相撲対決なんて
見た目ギャグにしか見えませんよね
ikasama4
2013/11/13 00:33
mihomihohappy様
どうもです
変な勧誘はご遠慮下さいノ
ikasama4
2013/11/13 00:33

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