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zoom RSS 八重の桜 第40話 「妻のはったり」

<<   作成日時 : 2013/10/07 00:08   >>

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板垣退助らが掲げる自由民権運動の広がりを恐れた
政府は明治11年に現在の地方議会にあたる府議会の設立を決定
国民の不満の解消を図った

この裁定を下したのは
維新三傑亡き後の政府をまとめる長州出身の伊藤博文であった


京都府知事である槇村正直はこの政府の取り決めに驚いた


「政府は無知なる民に好きにやらせすぎです
府県会を認めたら次は国会じゃ
そうなったらこの国はどうなることか・・・
木戸さんが生きちょったら・・・

我が京都ではアメリカの息のかかった者が
私立学校を根城にその手先を育てちょります
今にやつらは・・・」


「選挙で大統領を選ぶと言い出すか?
それをさせんのがあんたの役目じゃろう」


槇村は絶句した



初めての府議会議員総選挙は
二十歳以上の高額納税者である男子のみが有権者とされていたが
日本初の民選議員選挙であった


第一回京都府議会が開かれた

議員達は立候補ではなく
本人の意思に関わらず投票され当選した人達であった


まずは議長を決める事から始まった


入れ札を行い得票の結果
京都府議会初代議長として山本覚馬が選任されたのである


槇村は驚きのあまり席から立ち上がった


時枝を伴って議長の席に座った覚馬


「上京区にて当選致しました山本覚馬でございます
これまで日本では世の中の仕組みを変えるために人を殺め
町を焼き戦が繰り返されてきました

だが今日からは違う

武器を持たぬ者が議論によって政治に関われる場がこの府議会なのです
議員諸君には府民の代表としてお覚悟をもって
お勤め頂く事を切にお願い致します」


それから議員達がこれから自分がどうすればよいかを覚馬に尋ねた

「予算を審議すれば府がどのような事業をするのかおのずと見えてきます
これによって府政を監視することができます・・・」



議会とはなにかを理解していなかった多くの議員達にとって
覚馬はさながら議員学校の教師のようであった



「厄介なやつが議長になりよって・・・」


槇村は覚馬を睨みつけていた





その頃
同志社英学校に外務省から襄宛に手紙が届いた

同志社英学校を廃校にするという内容であった



驚いた襄は急いで東京にいる
薩摩出身であり外務卿・寺島宗則の下を訪ねた

同志社英学校は生徒数が少なく
アメリカの資金によって学校運営を行っていた

これを寺島宗則は問題視していた

日本人以外の学校経営は法で禁じられている

アメリカの資金がはいっているこの英学校は
アメリカ人によって経営されているのだとして
この学校を廃校にしようとしたのである


襄は森有礼や伊藤博文など
政府の要人に根回しをして

アメリカからの資金は一旦襄が受け取り
それから同志社英学校の資金運営に使うという事で

どうにか同志社英学校の廃校は免れることとなった



「アメリカはこの学校に失望しています」


アメリカの教師達は襄に不満をもらした

「本校の卒業生のうち
牧師になるのはたった6人

何故この学校がアメリカから資金援助を受けているのか
わかっていますか?

せめて10人は教師になるよう卒業生を説得しましょう」


「しかし牧師は説得されてなるものではないでしょう」


「校長がそういう考えではアメリカには援助をやめるよう
報告するしかありません

襄は校長には向いていません」

外国人教師に言われっぱなしの襄であったが
あまりこの議論は長引かせたくなかった




この日は襄の両親が同居生活を始めるため
上州・安中から出てきていたからである


「すみません
父上お待たせしました」


「お前には10年待たされたんだ
これぐらい何でもない」


「・・・紹介します
彼女が八重さんです」


「お父様
お母様
はじめまして

八重にございます」



襄の両親が驚いたのは
八重が夫を名前で呼ぶことであった


「日本には嫁になるようなおなごがいないと嘆いていた
お前に嫁が見つかっただけで十分だ」


「いや十分どころか素晴らしい妻です
八重さんといると私は勇気がもらえるんです」


「あの・・・襄も素晴らしい夫です
料理も裁縫もできる夫なんて日本中探しても他にはいません
・・・教師としても」


「あきれた
まるで夫婦が逆だ」


その夜
八重は襄に義父母の事を報告した

「お二人とも離れを気に入られたようでした」


「気を遣わせてしまってすみません
あれでも父と母は喜んでいるはずです

何も言わずにアメリカに言ったものですから
どうも両親とは面と向かうと・・・
手紙の方がよほど話ができる」


襄は筆まめな人であった




そうして同志社英学校の卒業式を迎えた


「皆さんにとって
私がよい教師であったのか分かりません
10年後
20年後の皆さんの生きる姿が
私がどのような教師であったのか
教えてくれるのだろうと思っています
この国は多くの尊い命を犠牲にして
今まさに生まれ変わろうとする道の半ばです

この先もきっと予想もつかない困難が
皆さんを待ち受けているでしょう

同志諸君!
己の信じる道を歩んでいきましょう」


同志社英学校第一期卒業生となったのは
最も教師達の手を焼かせた熊本バンドの生徒達15名であった



その日
八重は襄の父・民治と一緒に自宅にいた


「失礼致しやす
お口に合うかどうか分かんねえけんじょ
卒業のお祝いに作ったお菓子です」


「置いといて下され」


「開校から
今日の日を迎えるまで襄は本当に苦労を重ねてきました
よがったら一緒に祝って頂けたらと」


「京で耶蘇などやるのがどうかしているんだ
何を考えておるのか」

「お父様・・・」

「あれが考えてる事はよく分からん
跡取りのくせに学問をすると函館に渡ったきり
無断でアメリカに渡って
殿の右筆という立派なお役目があったものを」


新島家は代々藩主の右筆を務める家柄であり
襄はその父の後を継いで右筆になるはずであった


「まだ子どもの頃
木の上を下駄で歩いて落っこちて死にかけた事があった」

「それが額の傷痕?」

「出血がひどくてな
医者がおじけづいて途中で縫うのをやめた
しかたがないから私が途中から縫ったらあんな傷痕に」

「お父様が!?」

「わしはあれと違って裁縫はできん」


思わず二人は笑いあった


「頼りない息子で苦労をかけるが頼む」

「お父様
襄は強い人です」



それから1年近くの月日が流れた


同志社英学校を卒業した市原は
同志社英学校の教師としてこの学校に残った


最近の市原は先生になってから
新島先生に偉そうな口を聞くようになったと生徒は噂していた

新島先生ははっきりと言わないから
外国人の教師らが学校で幅を利かせていると

英学校は新入生の数が少ないとして
市原をはじめ教師達は不満をもらしていた


それも昨年
外務省に目をつけられて
同志社英学校は政府に目をつけられているという
噂がされているのも原因としてあるのだと襄は考えていた


しかしそれもこれも襄の力不足だと教師らは考えていた


そういうものが生徒にまで伝播していく


「それは違う!
えっと・・・あっ

襄の額に傷痕があんべ
あれは函館からアメリカの船に密航する時
役人と戦って出来た傷だ」


「刀で斬られたとですか?
刀傷には見えへんけどな」


「あの時の事は二度と思い出したくねえと
・・・とにかく襄は信念のためなら断固として闘う強い人です
そうでねえと国禁を犯してアメリカまで行けるはずがねえ」


八重の言葉に
生徒達は皆襄に畏敬の念を抱いた


その場を後にした八重をみねが追いかけた


「驚いた!叔父様の武勇伝は初耳だ」


八重はバツが悪そうにみねに答えた

「悔しくてつい・・・
うそついちまった」




それから英学校の教師達が揃って襄にある提案をした

「我々教師は
新たに伝道師を育成するためのクラスを設けるべきとの
結論に至りました」


「伝道師を育成するためのクラス・・・」


「はい」


「いやしかし・・・
校内で「聖書」を扱う事すら公にできないのが現状です」


「それを国に認めさせるのは校長であるあなたの仕事です」


「教室も教師も不足しています
2年生の上級クラスと下級クラスば一つに合併したら
空きが出来っとです
それでは生徒の力に合わせた授業が難しくなります
アメリカンボードからの資金が得られんならば
我が校は潰るっとです」


「・・・分かりました」


襄は教師達の申し出を受け入れた


それから数日後
学校側の一方的なクラス合併の決定に
徳富猪一郎ら生徒たちは反発
教室に立て篭もりストライキを始めた



「強引にでも引きずり出しましょう
授業ば受けたくなかなら受けんでええ
教師に逆らう者は退学にすればよかとです」


「市原先生は勘違いしていませんか?
学校は生徒のものです
教師のものではありません」


「ですが罪には罰を与えなくてはアンフェアです」


「・・・皆を教室に集めて下さい
私が回答を伝えます」



「結論から申し上げます
学校存続のため
2クラスの合併はせざるをえません

しかし皆さんへの説明が不十分なまま
合併を決定した事は誤りでした
申し訳ありません

一方で学生が授業を放棄するのも重大な過ちです
忘れないで下さい
教育を受ける事はあなたたちの大切な大切な権利です
過ちを犯した罰は受けねばなりません
全ての過ちの責任は校長の私にあります
よって私が罰を受けます」


そう言い終わると
襄は自分の左手を杖で打ち据えた



「先生やめて下さい!
やめて下さい!
やめて下さい!もうええです! 先生!」

そうして叩きすぎて杖が折れた


終始襄のことを見ていた八重は襄の手当をした

「なじょしてこんな事・・・」

「信念のためなら
断固として闘う強い人になろうと思ったんです
生徒たちがこの傷痕を刀傷だと
勝手に噂を広めたもんだから」

「ごめんなんしょ
襄の傷の事うそを教えたのは私です」


「え?」


「つい・・・
申し訳ない事した」


「ほらやっぱり八重さんは私に勇気をくれている」



それから数日後
猪一郎は襄に退学願を提出した

「騒動の首謀者は自分です
けじめばつけさせて下さい」


「徳富さん・・・」


「俺には前からドリームがあっとです
学校ばやめて新聞記者になります」


「猪一郎さん気持ちは分かっけんじょ
卒業してからでも遅くはねえのではないですか?」


「日本はえらい速さで変わっとっとです
もう黙って見とるのは堪えられん
一日も早う記者の道に進みたか
先生が函館で役人と戦った時も
こぎゃん気持ちだったとじゃなかですか?」


「猪一郎さん・・・」


「ええ
そうかもしれません」



「最後に一つお願いがあります
ここに先生のお言葉を下さい」


大人ならんと欲すれば
自ら大人と思うなかれ


「学校をやめてもあなたは私の教え子です
困った時はいつでも便りをよこしなさい」


「先生・・・」


そうして猪一郎は英学校を去っていった


「鵺と呼ばれたのがついこの前のようだし」


「私を送り出した父の気持ちが分かったような気がします」


二人は学校を去る
猪一郎の背中を見つめていた―――――






襄という人物は
宗教はひとつの手段であって
彼自身の一番の目的は教育にある


けれども襄の学校にいる外国人教師達は
目的が宗教にあり


でもって生徒達は教育を目的にしてる方が多いので
そこで対立が生じる訳ですね


またそうした外国人の意見が強く学校に反映されるということで
政府から外国人が経営する学校として危険視されてるとこがあり

そこでまた襄の苦悩が始まる訳ですね


内憂外患とは正にこの事ですね



それから襄の両親との同居生活

息子には色々と不満に思うことはあれど
息子の事は心配してる

そして息子の事を支えてくれる八重に感謝してる


歴代藩主の右筆を勤めてきた新島家

息子・襄が学びに行くと言って函館に行き
そのままアメリカに向かいました


本来は重罪です

これに対して
民治は息子・襄が測量をしてる時に遭難して
アメリカまで行ってしまったと報告したそうです


やはり息子の事は心配なんだという思いが伝わってきます



ちなみに新島民治を演じるのは清水紘治さん

彼は特に若い頃の勝海舟の写真とそっくりだと言われてました


それからこの間
登場人物をちょっとチェックして驚いたのですが


32話あたりだったか
京都の商人達が襄の学校設立に反対するシーンがありましたが
その京都の商人の一人を演じてたのがまいど豊さんでしたね


まいど豊さんは
大河ドラマ「新選組!」で新選組の一人・谷三十郎を演じられてました


その谷三十郎は最期は斎藤一に暗殺されます


ここでのオダギリさんとの共演はそういうところもあって
ああ、そういえばって感じでちょっと笑ってしまいました ̄∇ ̄



そうして猪一郎が学校を去る光景に
ふと襄は自分を送り出した親の気持ちがわかった気がする


という訳なんですが
杉田勇次郎の退学を受理した時にはそういう気持ちは
抱かなかったみたいですねぇ; ̄∇ ̄ゞ



ともあれ襄の悪口を言われて
黙っていられなくて思わず嘘をついてしまった八重に

その妻の嘘を真にしようとした襄の姿


あの自責の杖はそういうところから来てるのかと
ふと思えてくる今日この頃です ̄∇ ̄



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【八重の桜】第40回 「妻のはったり」感想
同志社英学校の創設から4年がたとうとしていたころ。 教団からの資金援助を危険視する日本政府からは廃校を命じられ、外国人教師たちからは 伝道教育の強化を迫られ、襄(オダギリジョー)は板挟みになっていた。 学生たちは、苦悩する襄を弱腰と非難。八重(綾瀬はるか)は襄をかばうため、あるウソを ついてしまう。 苦渋の選択を迫られた襄は、外国人教師たちからの要求をのむ。 しかし、それが原... ...続きを見る
ドラマ@見取り八段・実0段
2013/10/07 00:25

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
ikasama4様、こんにちは。

欧米列強の開催する世界分割競争に
なんとかエントリーしようという帝国。
そのために米英の「強さの秘密」を
日本若き教養人の一部は
プロテスタントにあると見た。
つまり、極限までの禁欲が・・・強欲に通じていくという話ですな。
襄は「教育者」であることが
神の御心に通じていると信仰することで身を捨てることができるのです。
まさに自虐こそがもっとも攻撃的ということですねえ。
たとえ暗殺されようとも信念のままに突進する。
そういう意味では日清・日露の奇跡の勝利は
まさに勝利のためには我が身を滅ぼす狂信者の集団だけに
なせる技だったかもしれない。
自分を制裁する夫とそれをじっと見守る妻。
それはある意味・・・変態でございますれば・・・。
キッド
2013/10/07 16:54
前回と今回は再びというか学園ドラマ的ストーリーに戻ったという感もありますが、明治編は新島家&山本家+同志社周辺を中心に物語が展開し、そこに京都府と明治政府が加わる事があるという流れが固まってきたようにも感じています。それだけに今回なんかはどこかこぢんまりとした印象すらありました。明治以降は主人公が政治権力や戦乱といったものにおける関わりが薄いだけに学園ドラマやホームドラマの色彩が強くなっており幾分ライトタッチになっていますが、幕末編の殺伐というかシビアな展開を思うとここまで作風が変わるというのはあまりないのではとも思われます。明治編に入ってから何度か脚本を山本むつみ氏ではなく別の方が担当されているようですが、この事も作風の変化の一つだったりするのでしょうか。それとも所謂「大人の事情」とやらが絡んでいたりとか・・・・・?
前回のストーリーは薩摩出身の女学生との軋轢とその解消がメインでしたが、個人的には西南戦争を二部に分けて後編を見たかったという感の方が強かったです。小松リツなる人物は架空の人物なのかも知れませんが、史実では八重さんは薩長出身者に対しては授業を受けさせないといった相当キツい態度を取ったというエピソードがあるようで(徳富蘇峰の鵺発言もこういった所を背景にしているとか)、そういったネガティブなエピソードをそのまま表現するには難がありすぎるが為にあのような型になったのではと考えています。
MoTo
2013/10/13 01:00
続きその1です。

今回は夫の襄が同志社の教育・運営方針を巡って上は明治政府から下は自校の教師陣や生徒の板挟みになり苦悩するというのがメインエピソードとなっていますが、他者を責めるではなく自らを罰する事で教師や生徒に対する訓戒とするとはこんな人初めて見たよと言っても良いくらいでした。最もこの「自責の杖事件」は史実でもありますが、この事件が起きたあたりはWikiでは大学設立の準備を進めていた頃で、井上馨や大隈重信といった政府関係者や、渋沢栄一に岩崎弥之助(弥太郎の弟)、土倉庄三郎、大倉喜八郎といった実業界の関係者から寄付の約束を取り付けたとあり、同志社が拡充に向かっていく時期であったと思われます。
今回の同志社関連エピソードでは徳富蘇峰がストライキを引き起こした事で中退という型で同志社を去る事となりましたが、紀行では中退後も襄との交流があった事が解説されていただけに今後も登場する可能性は高いという事になるのでしょうか。というか弟の蘆花こと健次郎も同志社にて学ぶようですので上の通りと考えても良いのでしょう。姉がいて弟がいるとなると東京の山川家に反映させているのかとも考える事もありますが(弟の名前が健次郎という所からも)、果たしてそういった所まで踏み込むのかまではまだ分かりませんが。徳冨兄弟いや姉弟と言うべきか歴史ドラマにてクローズアップされるなんて事はそうあり得るとは思えないだけに、徳冨蘇峰の代表作にして大著である「近世日本国民史」の再評価の機会も来て欲しいとも思っています。
MoTo
2013/10/13 01:03
続きその2です。

後歴史的なというか政治的なドラマとしては覚馬の京都府議会の初代議長の就任がありましたが、個人的には議会や憲法による統治を目指していく1880年代の時代の始まりともいえる場面をいくらか深く描いて欲しいとも思ったりもしました。翌1881年には京都府知事の槇村さんから北垣国道への交代劇もあるだけに、このあたりのきちんとフォローされるのかどうか気になる所だったりします。
MoTo
2013/10/13 01:04
キッド様
こんにちはです

欧米列強に負けないためにはまずは
基礎体力=教育が不可欠と考えた訳ですな


それにつけても信仰というのは
時に人を盲信させ狂わせるとこがありますが

まぁ信じるという事はそれだけで狂気なのかもしれませんがね
ikasama4
2013/11/10 14:27
MoTo様
学校を守るために戦う八重

まずは自分が信じる人の支えとして
そのために戦う

みたいな雰囲気になってきてますかね

会津という主観と
襄が考える主観

この辺を交互に描くために
時にちと物語の焦点を合わせるのに
脚本の方々は苦労してるのかもしれませんね

八重は薩摩出身者にはとにかく
厳しかったとあの襄ですら辟易してたようですが
後年その態度を緩和させたという事で

その辺を考慮した今回の内容なのかもしれません
ikasama4
2013/11/10 14:27
MoTo様
襄の立場は正に内憂外患といったところ

しかし襄はその原因を他人に求めるのではなく
自身にその原因があると主張する

それは誰かを責めるくらいなら
自分を責めた方がいい

という襄の考え方なのかもしれません


一方で襄は通訳時代に
木戸孝允・伊藤博文らなど後の政府要人と
色々と人脈を作っていてそれによって
大学設立を順調に進めていけたのかもしれません

徳富家との関わりは今後も描かれるようですね

徳富蘇峰の近代日本国民史を編纂するきっかけが
描かれるかどうか

その辺りもちと気になるところです
ikasama4
2013/11/10 14:27
MoTo様
近代日本となっていく上で
政治の形式が議会や法律による統治を目指していた事もあり
血生臭い闘争は排除されていく流れになってきてます

さて北垣国道さんは
なんか出てきそうにないですね; ̄∇ ̄ゞ
ikasama4
2013/11/10 14:27

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