渡る世間は愚痴ばかり

アクセスカウンタ

zoom RSS 八重の桜 第39話 「私たちの子ども」

<<   作成日時 : 2013/09/30 00:54   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 2 / コメント 2

明治10年9月

七ヶ月にも及んだ西南戦争は
西郷隆盛の死をもって終結

内戦を終えた日本はしばしの平安を取り戻していた




八重の母・佐久は墓前の夫と息子に手を合わせていた


新島様と八重の女学校が出来たからし
まるで昔の八重みてぇな元気な娘っ子たちがいっぱいで

「旦那様
三郎

もう十年も経っちまったんだな・・・」





「おばさま
大変だ」


みねが八重に慌てて会いにやってきた


女学校の寮にいる女生徒達が
外国人であるアリス先生とまたもめているらしい


アリス先生は
女生徒達にレディーとしてのマナーを教えたいのだが
女生徒達は学問がしたいとしてアリス先生のマナーの
授業には辟易して露骨な拒否反応を示したのだ


また女生徒達が布団を干す行為も
アリス先生にはレディーとして相応しくない行為と見ていた



みねに呼ばれてやってきた八重は
布団を干す行為は衛生的なものであるとして女生徒たちの
行為を肯定した

そしてレディーのたしなみとして
日本としての気質を考えて

八重は女生徒達に武芸の稽古を行った


礼儀を身につけるには武芸が一番


お互い風習の違う者同士
まずは打ち解けるのが一番であると



こうして八重は女生徒との距離を縮めることができた


だがこれはアリス先生―――外国人教師らとの間に
確執を生んでいた


女学校を開設したものの新しい土地が手に入らぬまま
校舎は仮住まいのものであり

そのために学校運営は安定せず

またその資金源は外国からのもの


校長としての襄の立場は脆いものであった


更にそうした土地売買交渉がうまくいかないのには
政府の意向を先読みして動く京都府知事・槇村正直の暗躍もあった

外国人の資金によって学校ができる

これは外国人の植民地化につながるのではないかという
懸念があったのだ



ただこの国に尽くしたい

それだけなのに



一方で槇村正直は
京都府の顧問役でやる山本覚馬を疎ましく思っていた


顧問役を辞めさせるために
同志社にあからさまな圧力をかけたのだ



そこで覚馬は
顧問役を辞める事と引き換えに
学校の校舎を建てるための土地の買取交渉をまとめた



もう京都府庁は
自分の後を継いだ者達がいる



その頃
女学校に新たな入学生が来た

病を患っていた

その者は小松りつと言う

薩摩の者で父親を戊辰戦争で亡くしていた


正確には
戊辰戦争で会津に籠もる
女の鉄砲によって撃たれたと言う


八重だった

女学校を運営する方の中に
会津の出身である八重がいるとして激高したが

それが父を殺した張本人であるとして
更に激高した

「許してくなんしょ」


それによってりつの病は悪化し倒れた



医者の見立てでは労咳だった




りつは八重らの屋敷でしばらく養生することとなった



八重はりつのために食事を作った


りつはそれを口にしようとはしなかった


「いい加減にしっせ!
こんな事して何になんだ!
このまま意地を張っても誰も救われねえよ
そんな体じゃ父上の恨みだって晴らす事はできねえから
私が憎いか?
だったら 元気になって私に報復したらいいべ
つまんねえ意地を張って死んでしまったら
なじょにもなんねえのだし!
生きねばなんねえのだし!」


そう言って八重はその場を後にした


その状況を見ていた襄はりつに語った

「八重さんもあの戦でお父上と弟さんを亡くされているんです
故郷や大切な人を失ってそれでも生きてきた
同じ痛みが分かるから八重さんはあなたと同じように苦しんでる」


「ないごて八重先生はあたいの看病を?」


「それは当然です
あなたは私たちの子どもですから」


その日からりつは
八重の食事を摂るようになった


「さすけねえか?」


「会津ん言葉ごわんな」


「会津は卑怯な賊軍だと教わったんじゃねえのか?
私も薩摩は憎い
許せねえ

ずっとそう思っていた
げんじょリツさんの事はひとつも憎いとは思えねえ
もしかすっと会津にも薩摩にも
卑怯な人間がいたのかもしんねえ
んだげんじょほとんどは
リツさんのような普通の人たち
会津の子どもたちと同じ」

「八重先生もそげな普通の人だっか?」

「いや私は違う
私は戦ったんだから
人を撃ったんだ
会津のために弟の敵を討つために戦った
迷いはながった
んだげんじょ
リツさんに出会って初めて自分がした事を思い知らされた
私の父は なじょして死んだ?
弟の三郎はなじょして殺された?
そう思っていたけんじょ・・・私は同じ罪を背負っている
この罪は決して消える事はねえ」

「じゃっどん罪のなか人間なんちおっとごわんそかい?
先生
あたいの看病をしっくい
やって命をば救ってくいやって・・・」


「ありがとなし」


このとき
八重は自分が許された気がした



りつの体調は回復し
りつは故郷の鹿児島で静養することとなった

またよくなって学校に戻る日を約束して




それから数日後
八重の母・佐久が襄にお願いを申し出た


自分も洗礼を受けさせてほしい


私にできること
教会の会員となって娘の傍にいてやるという事を

それはみねも同じ思いだった


八重は思う

私は同志社を単なる学校ではなく
ひとつの家族として生徒達と共に生きる場所にしたいと願ってきた


襄のおかげでその夢の実現に一歩近づけた気がする―――――







同志社設立に関して
外国人の資金で成り立っているがために

それが理由で

外国人教師から自身の希望を満たしてほしいと襄に圧力が加えられ

それが理由で

政府から危険視されて襄に圧力が加えられ


襄は板挟みになってしまう

というのは必定



そんな現状をみて
覚馬は襄の学校に尽力しようとしたんでしょうね



さてはて
今回八重が戦争で殺したという薩摩の兵の
娘さんが出てきた訳ですが

史実では
八重の薩摩嫌いは襄が困り果てるほどの筋金入りだと言われてて

この辺はちとあれ?と思ったりするところでしょうか



それはそれとしてここからは
同志社での運営に関してあれこれと難題がふりかかるのでしょうね



ただこの先の展開を見てると
なんだか「倍返し」って言葉が浮かんできそうな今日この頃です; ̄∇ ̄ゞ


今週のイラスト


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
『八重の桜』第39回「私たちの子ども」★綾瀬はるかも 今流行の土下座!
『八重の桜』第39回「私たちの子ども」 ...続きを見る
世事熟視〜コソダチP
2013/09/30 13:13
【八重の桜】第39回 「私たちの子ども」感想
八重(綾瀬はるか)と襄(オダギリジョー)の念願がかない、同志社女学校が誕生した。 喜びもつかの間、薩摩出身の女学生リツ(大後寿々花)が結核にかかる。 八重は献身的に看病にあたるが、リツは八重の看護を頑なに拒む。 リツは、父を会津戦争で亡くしていたのだ。 八重は、戦争で人を撃った自分の過去を責めて沈みながらも、あきらめずにリツを看護し続ける。 ...続きを見る
ドラマ@見取り八段・実0段
2013/09/30 13:27

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ikasama4様、こんにちは。

秋でございますな。ご自愛くださりませ。
さて、罪を憎んで人を憎まず的な戦後の世界でございますねえ。
まあ、政府は臥薪嘗胆で
着々と対外防衛戦争の準備に着手しているわけですが。
今回は原爆を憎んで爆撃手も搭乗員も米軍も米国も開戦した大日本帝国首脳部も物理学者も憎まず展開ですな。

あるいは原発を憎んで東電を憎まずみたいな・・・。
まあ・・・基本、涙の和解は奇跡で・・・。
力なきもの泣き寝入りが世の常ではないかと
愚考したりするわけですが・・・。
まあ、今回ははるか嬢、寿々花嬢、夢の共演で
基本的に全く文句はないわけです。
しかし・・・もう勧善懲悪路線ですな。
そんなに歴史が悪いのかい・・・でございます。
キッド
2013/09/30 15:59
キッド様
こんばんはです

戦を終えて数年が過ぎても
なかなか癒えない心の傷

それでも命ある限り生きていく

そのためには
過去の恩讐は乗り越えなければならないのでしょうが
なかなか難しいのでしょうな

まぁ今も昔も弱者は泣き寝入り
そんなになりたくなければ強者の側にいけ

みたいな
そんな雰囲気すら感じられる訳ですなぁ

最近はどうも半沢直樹の影響か
勧善懲悪路線に走りつつあるような
そんな感じもする今日この頃です
ikasama4
2013/11/05 22:25

コメントする help

ニックネーム
本 文
八重の桜 第39話 「私たちの子ども」 渡る世間は愚痴ばかり/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる