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zoom RSS 八重の桜 第31話 「離縁のわけ」

<<   作成日時 : 2013/08/05 00:09   >>

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行商から帰ってきた八重の下に内藤新一郎がやってきた
内藤の下に川崎尚之助から文を託されたという

どんな報せであろう

喜び勇んで文を見た途端
八重の顔が凍りついた



その内容は八重との離縁状であった



この時代
夫から三行半を突きつけられたら
おなごは黙って去るしかなかった


斗南にいいおなごでも出来たのかもしれぬ


だがこの文が斗南から届いたものではなかった


訳があるのか・・・



何故尚之助様は
なんでも一人で決めてしまうのだろう


私にもその苦労を背負わせてほしかった

尚之助様は勝手だ・・・

受け入れる他に道はねぇもの・・・


その一方であらぬ邪推をしては
尚之助への思いを断ち切ろうとしていた八重であった





その斗南へ行った者達は苦難の生活を送っていた

日々の食事もままならず
餓死する者が続出しており
かろうじて生きていた者達は木の根を食べて飢えをしのいでいた


斗南藩の石高は三万石どころか七千石しかない


そんな斗南の窮乏を救うため
米の買い付けに奔走していた尚之助は

外国米を扱う外国の商人と
藩で収穫できる予定の穀物と交換するという
先物取引を行い

そこでこの取引の協力者の裏切りにより商品を騙し取られ
外国の商人からこの取引は詐欺であるとして訴えられる事となったのだ


そこで外国の商人は損害賠償として
尚之助にその命を下したであろう斗南藩に三千両もの額を請求した



だがその取調べで尚之助はこう答えた

これは藩命ではございませぬ
私の一存にて執り行った事にてございまする



斗南藩を取り仕切る
山川大蔵改め山川浩は藩士達の俸禄もままならないのに
ここで三千両もの出費は到底出来ぬものであった


更には雪により港が潰れ
交易により収入もままならぬ


そこで山川浩が下した決断は
これまで共に会津戦争を戦ってきた友を

自分がかつて愛した人の大切な人を


切り捨てる事であった



この冬さえ乗り越えられれば
会津はまた復活する


ただそれだけを信じて―――――




だが山川の目論見が大きく崩れた



新政府は廃藩置県を実行し
中央政府より派遣された者が県を統括する事となった

幕藩体制から新政府による中央集権体制を形成する

そういう名目はあったが
内実は幕府残党との戦争により多大な出費がかさみ
武士の俸禄を賄える余裕が新政府にはなかった


それを廃藩することで
藩士に対する俸禄を廃止することで
出費を抑えるという目的があった



必死に生き抜いてきた
幾多もの犠牲を乗り越えて

全ては会津藩復興のために

その藩がなくなる


山川浩はただ愕然としていた





富国強兵
殖産興業


会津藩士は新政府に入れられん

それで覚馬は木戸孝允に預けた

木戸は
京都府知事・槙村正直に山本覚馬を紹介して
彼と共に京都復興を推進していった






山本佐久を訪ねて一人の男がやってきた

会津藩士の野沢と名乗るその男は
山本覚馬の使いとしてやってきたと言う


木戸孝允預かりとなって
生活できるようになった覚馬は家族の者達を
都に出迎えたいと言う



死んだと聞かされていた覚馬が生きていた

八重も佐久も皆大いに喜んだ

だが何故覚馬が私達を探しに来ないのだろう


それ以上に八重らが憤りを感じたのは
覚馬には時栄という女性が傍にいて
彼女との間についこの間一子をもうけたと言う


佐久はなにはともあれ
覚馬のいる京都に向かう決心をした

八重も佐久と共に京都へ向かう決心をした


だが、うらは・・・

「おっかさま
おっかさまと八重さんで
みねを京都に連れていってくなんしょ
おらは行けねぇ」

「姉様を一人残してはいけね」

「覚馬の事を許せねぇか?」


「都の若い娘にヤキモチも焼かず
堂々としていられるんだべか


繰り言を重ねる
そんな情けねぇ母親の姿
みねには見せたくねぇ


それに私にもおなごの意地がありやす」


そうしてうらは会津に戻り
みねは佐久らと共に京都に帯同する事となった




数ヶ月の旅路を経て
八重と佐久とみねは京都に着いた



覚馬がいるという屋敷を訪ねた


八重らを出迎えたのは時栄だった



彼女が八重らを覚馬の家族と見止めて
「旦那様」と言った


それを聞いて
八重らは彼女があんつぁまの妻だと確信した


その時

「八重か?」

あんつぁまの声だった


あのとき
覚馬と会津で別れてから八重と佐久は9年ぶりに覚馬と再会した


しかし覚馬の様子がおかしい


母上・・・みねもいんのか?
母上申し訳ございませぬ
こんな身体になってしまって探す事も迎えに行く事もできねかった
すまねかった


兄は視力を失っていた


だから会津に帰ることすらできなかったのだ


兄に会ったら
文句のひとつでも言おう

そう思っていた

はずだった

でも八重の言葉から出たのは
兄が生きていてよかったという喜びだった


「あんつぁま
よがった!」


覚馬と佐久と八重
三人が抱き寄せる中


時栄とみねはその輪に入ることが出来ず
ただただ見つめているだけであった―――――






男尊女卑

男が決めた事に女は黙って従うしかない


それがこの武家の世のならわし


そういうのが
尚之助の行動と

梶原平馬の行動に描かれていました


夫がこうだと言ったら
妻は嫌だと思っても抗えない


二葉の場合はまだ面と向かって言われただけにあれですが
八重は文一通で三行半ですからね


それにこれまで武家で生きてきた者が
家族を養える自信がない

というのもあるのかもしれませんが

尚之助は訴訟事件の被告になっていたがために
それを八重に関わらせたくないため

こういう措置をとった


それはわかりますが

梶原平馬の場合
その後後妻をもうけてますからね

この辺をどう描くかでしょうね



後妻といえば斎藤一

斎藤一は高木時尾と結婚しますが

斎藤一は二度目の結婚です


時尾さんは初婚ですが; ̄∇ ̄



自分が斎藤一を主人公とした小説を読んだ限りでは
斎藤一は斗南藩に行って武家の娘を妻に娶るのですが

斗南の窮乏に斎藤の妻は餓死して

それから程なくして時尾と再婚するという内容だったかと思いますが


この作品ではその辺はバッサリのようです; ̄∇ ̄ゞ



それから最初は
八重の夫からの突然の三行半というショックに
うらが励まし

そして八重はその夫からの申し入れを受け入れる

うらの夫から
妾と子がいるというショックに
八重が励まし

そしてうらはその夫からの申し入れを断る


うらは夫が会津を出てから
9年も夫が帰ってくるのを待って
娘も必死に育ててきた


ずっと愚痴も言わずに耐えてきた

それなのにこの仕打


という感覚だったのでしょう


でも山本家のためにみねを覚馬の下に送る

そして自分は会津に残る


それがうらの女としての意地なんでしょう


ただ
もし覚馬の目が見えないという事を知っていたとしたら
事態は幾ばくかは変わっていたのやもしれません



そして9年ぶりに再会を果たした山本親子は感涙するのですが


生まれてすぐに父・覚馬と別れたみねは
覚馬の顔を覚えてない

だから
みねはその輪に入れない



八重と佐久と覚馬との感動の輪を

みねと時栄がただ見つめるしかないという構図が実に切ないです



今週のイラスト




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【八重の桜】第31回 「離縁のわけ」感想
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ドラマ@見取り八段・実0段
2013/08/05 02:35
[八重の桜] NHK大河第31回「離縁のわけ」
公式サイト http://www9.nhk.or.jp/yaenosakura/outline/story31/ 出演 高嶋政宏(槇村正直、京都府知事) 粗筋 三組の離婚劇。 尚之助から八重の許に離縁状が届く。理由は触れていない。実はこの時尚之助は、米の買い付けにいって詐欺に遭い、取引先から訴えられていた。訴 ...続きを見る
窓の向こうに
2013/08/11 01:14

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
ikasama4様、おはようございます。

先々週、明治元年だったのに・・・今週は明治四年・・・。
加速しておりますな・・・。
この大河は・・・戊辰戦争までは年代記のようだったので
そういう感じに戻るのでしょうね。
それにしても突然、離婚三昧の今回。
国が敗れるということは家庭もある意味崩壊するということなのでございましょう。
こんな女に誰がした・・・でございます。
ふふふ・・・今回、全国の貞操堅固な女性たちに
悲鳴をあげさせた・・・覚馬。
武士であろうとなかろうと男前でございますからな〜。
仕方ないのですな〜。
まあ、なにはなくとも幼な妻でございまする。
キッド
2013/08/05 06:57
今回もそれなりにシビアな内容でしたが、メインとなった三組の離縁劇におけるそれぞれの事情というものは見ていてなるほどと思うものがありました。尚之助は斗南藩を救うための米取引にて詐欺に遭遇してしまった事で八重がその巻き添えを食わないようにという配慮から、梶原平馬は政治的にもう自分の出る幕が無くなってしまった事による燃え尽きのように見え、覚馬に関しては時栄の存在がうらさんの心に大きな波紋を及ぼしてしまった、という事情で。そもそも離縁や別離は明るいイベントとは思えませんが、それぞれの理由があるにしてもこう重々しく描いたモノなどそうはないのではとも思えました。尚之助については最新号の「ステラ」の情報では近い内に八重と再会するようですが、平馬は鳥羽・伏見の戦い直前に顔見せで登場した水野テイと再婚すると聞いていましたのでこちらも再登場の可能性はあるという事でしょうか。覚馬に関しては、再会時にはお互いの無事を喜んではいましたが、次回以降の京都での生活が本格化する中で後妻問題が沸騰してくるのでは思えてなりません。
MoTo
2013/08/11 16:42
続きます。

政治的な話題としては、廃藩置県によって斗南藩が消滅してしまい会津復興の望みは完全に消滅という事になりましたが、この廃藩置県は当時200万はいるといわれた武士階級を全てリストラという世界史的に見ても例のないリストラだったようで、その後も維新における勝者であった西国各地で不満を持った旧武士階級の反乱が起こったというのも分かりました。戊辰戦争の敗者は兎も角勝者も今までの高い身分からお払い箱という事になるのですが、近代的な中央集権国家建設のためには旧い身分制度を廃するのは必然で新国家のための産みの苦しみの一つだったとなるのでしょうか。1889年の大日本帝国憲法公布と市制の施行で明治国家の一通りの型が造られた感がありますが、そこに至る20年近い時間は上記の旧武士階級の反乱等を含め困難の連続にも思われます。
ドラマ的には京都府知事である槇村正直が初登場となりましたが、この人は後に覚馬と色々ぶつかり合う関係になるみたいですが京都編における山本兄妹のライバルキャラなポジションと言ってもいいのでしょうか。ネットで調べてみたら、槇村さんはともかくとして京都復興では後任の北垣国道も大きな働きをしているようですね。現在に至る京都の型を作ったのは北垣国道の功績が大のようですが(自分も20年ほど前に京都に行った時に彼の銅像をこの目で見ました)、北垣氏も後にドラマに出てきたりするのでしょうか?もし出るとすれば琵琶湖疎水とそれを設計したエンジニアの田辺朔郎も出てくるのじゃないかと考えていますが、山本兄妹並びに新島夫妻との絡むのかどうかは分からないものがあるように思えてなりません。
MoTo
2013/08/11 16:44
キッド様
こんばんはです

幼な妻と聞くと関根恵子さんを思い出してしまう今日この頃

梶原の行動に関して
自分は政にもう携わる資格はないとして
山川家との縁を切ったのか

自分はもう武士を捨てて生きたいから
山川家との縁を切ったのか

何にしても自分には責務を果たす
自信がないというとこなのかもしれません

ま、なんにしても
男尊女卑の思想が色濃く出た今回の内容でしたな
ikasama4
2013/08/19 23:28
MoTo様
離縁の理由はそれぞれあれど
離縁を申し出たのは男の方から

うらに関しては
内縁の妻がいる覚馬の下には向かわなかった訳ですが
自ら離縁を申し出たという訳ではないので

本妻はあくまでもうらなんでしょうな

というところでいくと
離婚の裁量に関しては男性にあって女性にはなかった

というのが当時の主流であった、というところでしょうか


水野ていと再婚する梶原ですが
後に八重が夫・新島襄と共に北海道を訪れた際に
日向ゆきと再会したと言われてます

明治20年の頃の事だそうですが
たしか梶原平馬は根室に移住したと言われますから
その時に登場するのかもしれません
ikasama4
2013/08/19 23:28
MoTo様
この廃藩置県に関しては
武士階級のリストラが大きな目的でもありましたが

これによって藩を統括する者(幕府時代の藩主)による
世代踏襲を廃止して中央集権が任命する図式を作りたかった

というところが大きかったのかもしれません

これまで藩を守ってきた方々としては大問題のはずですが
西国で集中し東国で大きく問題にならなかった背景としては

当時藩が抱えていた借金を新政府が肩代わりしたとも
言われております

そういうのを知ると腑に落ちるところがあります


ちなみに槇村正直に関して
彼は幕末時代において木戸の下で蜜用聞次役という職に
就いていたようです

平たく言うと今でいう公安のようなスパイ活動

でもって彼が京都府知事になったというのは

KGB出身のプーチンさんが大統領になったようなものでしょうか

彼の強引さはそういう経歴からくるのかもしれません

ちなみに北垣国道は但馬国出身で
川崎尚之助さんも但馬国出身

共に1836年生まれのようです

まぁ既知の間柄であったかまではわかりませんが
ふと調べてそんな共通点が気になりました; ̄∇ ̄ゞ
ikasama4
2013/08/19 23:29

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