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今回のあらすじ 武田が景勝方についた事で戦局は逆転。 そして寝返りが続出して景虎は夫婦共々自害致しました。 以上( ̄Д ̄)ゝ 今回のオープニングの御習字はこれ 兼続が次々に御味方を増やして、最後は雪かぁ。 ・・・・・・ちょっとひっかかるなぁ(  ̄∀ ̄)ゞ たしかにそういう風に見る向きもありますが 北条の出陣が9月(今でいう10月)という 冬が近いこの時期での出陣ということに 元々上杉との戦には消極的だったと思われます。 それに北条は景虎を上杉に北条に出しておいて 同盟を破棄したのですからね。 それから、何度も繰り返すようですが敵方を調略で寝返らせたのは 揚北衆の安田顕元で、彼の活躍もあり新発田家が寝返った事が 武田を景勝方につけた功績は大きいと言われていて この出来事が皮肉にも悲劇を生み出すのですけどね。 まぁそれはそれとして 御館の乱での兼続の活躍というのはあまり描かれてないから 色々と着色できるという事での設定なんでしょうけどね。 ただ、御館へ、すなわち敵陣に使者として向かうという お船の此度の行動の理由を兼続の行動を理由にしてるというのはねぇ。 ここでも兼続ビイキかと ̄▽ ̄ なんとも歴史を動かしたのはお船しかり 仙桃院しかり女性が動かしたってことみたいな感じですかね。 で、北条さんはあんなに雪が積もるまで忘れられてたんですね ̄▽ ̄ そして、上杉憲政は最後まで登場しないと ̄▽ ̄ それから今回は景虎目線という事で 誰も信じられなくなっていた景虎の悲しみが描かれてましたが まさか、ここで兼続 with 上田衆がやってくるとは(笑) 景虎の悲しみを見せるシーンは個人的にキライではなかったんですけどね。 景虎が一番欲しかったのは身の拠り所 ここが一番のポイントだったんですけどねぇ。 なんかこれが唐突に見えてしまうのはどーしてでしょう(; ̄∀ ̄) 一応、以前にも景虎はこういう事をクチにした事はあるんですけどね。 まぁそれはそれとして 道満丸が殺害された件について 「景虎様の降伏をよしとしない者の仕業」というのであれば そういうブラックな部分は掘り下げないというのはちと悲しかったかなぁ。 だから、という事ではないのですが こんなもんを書いてみました↓ 「御館の乱」を勝手に妄想 まぁ文才がないので結構グダグダですけど(; ̄∀ ̄)ゞ それにしても何かこうセットというか室内のシーンが多いもんだから その緊迫感が見えてこないんですけどねぇ。 というか、あからさまに分かるようなセット・セット・セット 改めて思うのですが、これって「篤姫」の後遺症ですかね(苦笑) もうちょっと工夫が欲しいです。 最近、NHKのドラマも制作費が年々削られていると聞きます。 おそらくこの作品でも例外ではないのかもしれませんがねぇ。 何か金をかけるとこを間違っていませんかね。 さて、今回は前回に引き続いて武田家の滅亡のきっかけになったものの後半です。 前回はどちらかというと勝頼が武田家の滅亡のきっかけを作ったかのような 書き方をしていましたが、今回はそれだけじゃないと自分が思うトコロを 自分なりの解釈でタラタラと。 ●家臣との対立(後継問題に関して) ●無官 ●急激な状況の展開と織田との国力の差 ●財政の圧迫 ●家臣との対立(政策に関して) ●家臣との対立(後継問題に関して) まず、信玄のそもそもの後継者は嫡男・義信だったようなのですが 義信は父・信玄とどうも仲が悪かったみたいで かつての信虎と晴信を思い起こさせます。 しかし、今度も勝者は信玄だったようで 息子・武田義信は1565年 義信の家臣・飯富虎昌らが信玄暗殺を計画したとして処刑され 義信は寺に幽閉され、今川家から嫁いだ正室とも強制的に離縁されます。 それから2年後に幽閉された寺で亡くなります。 こうした事件が起きたきっかけは今川義元が亡くなった後 信玄が駿河侵攻を決めた事にあると言われています。 義信の妻の父親は今川義元でしたからね。 さて、そうなると信玄の後継者が問題になります。 この時点で信玄の息子はこんな感じ 武 田 信 玄 │ ┌───┬───┬─┴─┬───┬───┐ │ │ │ │ │ │ 葛 仁 諏 武 海 武 山 科 訪 田 野 田 信 盛 勝 信 信 義 貞 信 頼 之 親 信 ↓ ↓ 夭 死 折 去 信玄は信濃の地盤を安定させるために 盲目の次男・信親には海野家を 諏訪御両人の子である四男・勝頼に諏訪家を 五男・盛信には仁科家を継がせています。 それから駿河侵攻後においては六男・信貞に 葛山家を継がせて、その家の親族の方々の懐柔を図ったのでしょう。 そんな状況下で信玄は早々と 四男・勝頼を武田の後継者にしたと言われています。 しかし、彼が武田の後継者となる事に家中で異論があったと言われています。 その異論というのは まず、勝頼が諏訪家を継いでいる事 そして、勝頼が諏訪家代々の当主が名乗っている「頼」の文字を受け継ぎ 武田家代々の当主が名乗っている「信」の字がない等が理由として考えられるというものです。 これは信玄の後継者が勝頼しかいないのであればともかく 他にも後継者がいた状態で自分の子とはいえ一度家を出た人間が 後継者になるというのはねぇ。 それで信玄は勝頼の息子・信勝を信廉の養子として武田の後継者とし 信勝の父・勝頼をその後見としたとも言われています。 ですが、その遺恨は消える事はなかったのかもしれません。 長篠の戦いで多くの戦死者が出ている中 信玄の弟・信廉と親戚衆で勝頼の義兄・穴山信君や信玄の甥・武田信豊が 早々に戦線を離脱してほぼ無傷で領内に戻っている事から 勝頼を当主としてあまり認めていないという空気が親戚衆にあったと思われます。 ●無官 それから武田勝頼は無官だったそうです。 無官というのは朝廷からの官位がないという事です。 武田信玄は朝廷により「従四位下 大膳大夫」に任官され 後に将軍より「信濃守護職」に任じられています。 ですが、勝頼にはそういった官位はありません。 この時代、官位というのは結構意味があるものらしく 当主となるべき方には官位があってしかるべきものだったらしいのですが 勝頼にはその官位がありませんでした。 父・信玄が存命の頃 足利将軍に官位と偏諱の授与を願ったそうですが 織田信長の圧力によってそれは果たせなかったそうです。 これも勝頼が当主となった上で大きなマイナスだったみたいです。 無官の勝頼に対して上述の武田信廉は刑部少輔という官位があります。 無官の当主に官位がある家臣という構図は家臣にとっては イマイチ納得が出来ないものがあったのかもしれません。 ●急激な状況の展開と織田との国力の差 信玄が存命の頃 織田信長に対抗する勢力(浅井・朝倉・本願寺・足利義昭)が包囲網を敷き 武田もまたその包囲網の布陣のひとつでした。 その頃の武田と織田の領土は大体こんな感じです。 しかし、武田信玄が死去すると武田の脅威がなくなったという事で 織田信長は包囲網を敷いた浅井、朝倉を滅ぼし勢力を拡大 信玄の頃と比べると織田の領土は2倍以上になっています。 そうして織田の急成長により 資金・兵力共に増大し、武田が強兵とはいえ その武田を圧倒する存在になっています。 そういった事もあって武田勝頼は父の遺言を守って 3年間しっかり国力増強などと言ってられない 差し迫った状況に焦っていたのではないかと思われます。 とはいえ武田の家臣や国人衆がそうした世情を 正確に把握していたかどうかはわからんですからね。 そうした認識の差が勝頼と家臣団に溝を生んだとこもあるんでしょう。 ●財政の圧迫 まず、財政に関してですが武田家の財政の基盤のひとつが金山でした。 信玄の頃には金山から採掘される金を利用して治水事業や軍事費に当てたり 朝廷や外交などでも大いに使われたみたいです。 それで信玄は更なる採掘量を増やすために 西洋の採掘技術や精錬手法を取り入れ、更に金を採掘していったようです。 ですが、信玄の晩年の頃になると金の産出量が徐々に落ちてきます。 それは即ち武田の資金源の減少を意味します。 それにより武田勝頼は新たな財源の確保のために 領内の国人衆に軍備費用を負担するという道を選択します。 ●家臣との対立(政策に関して) これを物語っているのが『甲陽軍艦』でしょう。 『甲陽軍艦』というのは信玄の家臣・高坂弾正が 武田信玄、武田勝頼の事を記したものを 高坂の身内の方が取りまとめたものとされています。 そこでは勝頼に重用された長坂光堅と跡部勝資です。 二人はこの『甲陽軍艦』の中では 勝頼をたぶらかし武田氏を滅亡に追い込んだ奸臣として書かれています。 それらを箇条書きにしてみると 1.長篠の戦いで武田家の宿老が撤退を進言したものの 長坂光堅が攻撃を進言した事で勝頼がその言を受け入れたという事 2.御館の乱で越後に武田軍が進軍してきた時に 長坂光堅と跡部勝資は上杉景勝に武田の軍資金のために 資金援助を求めたものの、そのもらった金の一部を横領したという事 それに関して高坂弾正が勝頼に長坂光堅を追放するように糾弾したが 勝頼はそれを取り合わなかったという事 3.信長による武田攻めにおいて長坂光堅と跡部勝資は いち早く勝頼から離れて逃亡したという事 この他にも長坂光堅と跡部勝資の悪行を記した記述が多々あるのですが まず上記の3つの点に関して まず1.に関してですが 長篠の戦いでは長篠に陣を敷く勝頼に駿河まで来ていた長坂光堅宛の 書状が現存していて、長坂光堅は長篠には参陣していない事が明らかに なっていて、この『甲陽軍艦』の記述は嘘になります。 2.については 上杉景勝との交渉に当たったのは武田信豊だそうです。 3.については 最近の研究では 長坂光堅は最後まで勝頼に従い殉死したとする説 跡部勝資は最後まで勝頼に従い殉死もしくは 織田の侵攻を防ぐために諏訪で戦死したとする説が有力です。 まぁ2.と3.については そもそも上杉景勝との交渉の時点で高坂弾正は亡くなっています。 ですので、高坂弾正が亡くなった後の話については もちろん別の誰かが書いたという事になります。 で、それに長坂光堅と跡部勝資は奸臣だという書かれ方をしているそうですが 長坂光堅は元々小笠原氏の遮流に当たり信玄の代から有力な武将として仕え 板垣信方が諏訪の郡代となる前から諏訪の郡代として活躍しており 板垣信方が諏訪の郡代になるとこれを補佐しています。 そうして点もあって勝頼との関係も深かったものと思われます。 それに長坂光堅の息子が信玄の側近として仕えていた事により 信玄が長坂光堅を重用していた事をうかがえるトコロがあります。 また、跡部勝資は勝頼の傍にあって武田家の構造改革を補佐し支えたそうで どちらかといえば武田家の中での文官・官僚的な仕事を担当していたと思われます。 そんな二人が何故こんなにも『甲陽軍艦』で嫌われるような書かれ方を しているかというのを考えれば 武田というのは国人衆の寄り合いみたいなものの集まりで 武田家はその代表となる当主のような存在でした。 なので、武田の政治はどちらかといえば 各領土の国人衆が集まる合議制のようなもので成り立っていたところがあります。 それを勝頼は当主が権力を持つ中央集権的な政治を目指した事 まぁ信長がやったやり方がそうなのですが なんでもかんでも当主の命令に国人衆は従うという トップダウンのような感じなんでしょうね。 ただ、武田の国人衆はそのやり方に反発したのでしょう。 そして、長坂光堅と跡部勝資は勝頼の政策の矢面に立っていたために このようにボロクソに書かれてしまっているのでしょう(笑) ちなみに甲斐では勝頼よりも前に このような中央集権化を図った政策を行った方がいます。 それが勝頼の祖父であり信玄の父である武田信虎です。 彼もかつて勝頼のように当主による中央集権化の政治を行った事があります。 それで国人衆に軍資金の負担を課した事で そのために反発する家臣を容赦なく成敗したそうですが その結果、どうなったかというと 信虎は家臣団(国人衆)によって甲斐から追放され当主の座を追われます。 そうして、信虎も長坂光堅と跡部勝資同様 『甲陽軍艦』ではボロクソに書かれているという訳ですね。 この甲陽軍艦では 武田信虎や武田勝頼といった中央集権化を図った政策を行った者に対しては厳しい評価をしています。 なので、この書籍はこのような政策について反発していた もしくは苦しめられた者が書いたという事なんでしょう。 とすれば、勝頼の政策に対して不満を持っている者がいるとすれば それはそれで対立の構図を生み出します。 そうした関係が武田の結束に大きな溝を生み出していたと考える事が出来ます。 こうしてつらつらと書き連ねると 勝頼だけが武田を衰退させたとは言い難いというとこですね。 後継問題に家中に遺恨を残した信玄にも問題があり 時代の急激な展開についていこうと焦った勝頼にも問題があり それについていけなかった一部の家臣にも問題があったという事でしょうか。 ここからは私見になりますが 武田は財源を金に頼り過ぎたというのも滅亡の要因ではないでしょうかね。 駿河という土地を手に入れたのであれば、駿河=海を使った流通を利用した 経済を模索出来たのではないかと思ったりするんですけどねぇ。 上杉謙信と比較するのも何ですが 上杉謙信の場合、越後で取れる青苧を海路を使って京の都などで販売して 得た利益が上杉家の軍資金として活用されていたみたいですが 武田家にはどちらかといえ武田は武勇に優れた武将が多いけれど 地元の特産物を売り込み販売経路を広げるような商才のある人材がいなかったような気がします。 もしかしたら、そこが意外に大きなとこなのかもしれません。 さて、次回は菊姫が嫁いで さようなら、信綱さんって事になりそうです。 はっやいですねぇ(; ̄∀ ̄)ゞ まぁ今回は景虎のシーンがそれなりによかったので (というか、こうなるだろうとは予想できていたので) 投げませんが、来週は絶対投げると思います ̄▽ ̄ |
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天地人・第15話
天地人 前編 (1) (NHK大河ドラマ・ストーリー)火坂 雅志,小松 江里子日本放送出版協会このアイテムの詳細を見る ついに『三国一の美将』と誉れの高い上杉景虎の退場です。・・・が、正直イマイチ盛り上がらないんですよね〜(><)色々と企画モンをやろうと思ったんですけどね・・・乗らない(ため息)そんでもって、「まあまあ良いな」と思っていた景虎まで退場・・・しかも来週の今頃は翔さんのドラマも始まるし(ため息)ま、とりあえず天地人第15話です(これあと32回ももつのかな?) ...続きを見る |
ブルー・カフェ 2009/04/12 22:37 |
天地人 第15話「御館落城」
御館の乱といえば、このドラマの前半の山場であり、大河ドラマの前半の山場といえばそれまでの伏線を一度回収して、テンションを上げに上げて盛り上げて、一発ビッグバンを起こす!そして次から模様替えのように、ドラマの局面をガラッと替える!…というのが大河ドラマの作法の基本中の基本であろうとわたしは思っておりました。 しかし、しかしこれは…。45分見終わったわたしはボーゼンとしてました。ふっ、不完全燃焼やがな。不完全燃焼もいいとこやがな。不燃ごみに出したくなってしまいますがな。いやもう、前半の山場がこん... ...続きを見る |
遊人庵大河塾 2009/04/12 22:41 |
【天地人】第十五回
われ生きすぎたり御館を落ちる時、景虎は仙桃院にそう言ったと言う。劣勢となり、景勝に人質に差し出した跡取り、道満丸を殺され、匿ってくれるはずの味方は敵に寝返っていた。どうしようもない絶望の中でもう、人を信じ抜く力が残っておらぬ。と、景虎は、妻である華姫と... ...続きを見る |
見取り八段・実0段 2009/04/12 22:47 |
天地人 第15回「御館落城」
長く続いた御館の乱も景勝の圧勝という形で終焉を迎えることになります。最後の戦い自体は非常にあっけなく終わったような感じがするのですが、この戦いだけで物語を3回も使った... ...続きを見る |
あしたまにあーな 2009/04/12 23:00 |
大河ドラマ:天地人 第15回「御館落城」
御館編終了。物語的には、前半戦最大の見せ場になるはずだったのですが・・・何故でしょう。全く心が動きませんでした(汗)取り敢えず、今回の流れをざっと書いておきますと、・景勝側、武田との和睦に成功し、形勢逆転・仙桃院と華姫を返すように、景勝が景虎に書状を送... ...続きを見る |
山南飛龍の徒然日記 2009/04/12 23:28 |
「天地人」第15話。
今週も「天地人」感想のお時間がやってきてしまいました。今週のサブタイトルは「御館落城」。とうとう景虎様が退場されしまいます。最後ということで、さぞかし景虎サイドがクローズアップされるだろうと期待していたのですが… ...続きを見る |
Flour of Life 2009/04/13 00:57 |
天地人 第15話「御舘落城」
天地人 第15話「御舘落城」「悲しい戦であったな」全てがこの景虎様の言葉に集約される今回の争いでした※ こちらは「炎の蜃気楼」ファンがファン目線で書いた脱線レビューになっていますもし???な方は他レビューへお回り下さい武田も景勝側につくと、景虎側絶対不... ...続きを見る |
SOLILOQUY 2009/04/13 02:01 |
おやかたの乱!!
何と!!ネゴシエーターお船の説得により景虎が降伏?? そんな馬鹿な{/cat_5/} ここまで御館の乱にお船が深く関わっていたとは… どうしてもお船をドラマの中心として描きたいのでし ょうか?? かなり無理があるシナリオだと僕は思うのです{/cat_6/} ...続きを見る |
函館 Glass Life 2009/04/13 10:14 |
天地人・15話
「最後の味方」。 ...続きを見る |
朝凪、夕凪 2009/04/14 23:05 |
天地人 第15回「御館落城」
前半のハイライトの御館の乱。 今回で終局、んで、感想は一言。 酷い、酷過ぎる。 これに尽きます。 何が酷いかって?? え。。。と。。、まず安っぽい。 何が安っぽいかいうと、鮫ヶ尾城のセット。 景虎の最期なんだから、もうちょい何とかして欲しかった。 セットの予.. ...続きを見る |
淡雪の雄叫び 2009/04/16 14:51 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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「レッドクリフ」中、失礼します♪ |
くう URL 2009/04/12 22:54 |
ikasama4さん、こんばんは。 |
なおみ URL 2009/04/12 23:11 |
くう様 |
ikasama4 2009/04/13 00:39 |
なおみ様 |
ikasama4 2009/04/13 00:40 |
素晴らしいです、「正しい天地人」。 |
遊人庵庵主 URL 2009/04/13 22:22 |
昨日は事情により見ることができませんでした。 |
taira 2009/04/14 00:28 |
心理学的にも親が偉大で、初代の側近も何かと2代目と比較しがちだと気づけば 2代目は焦り功を急ぎます。 |
taira 2009/04/14 00:32 |
地方の小ボスの存在基盤を根こそぎなくしてしまったため、領主の顔色を見るしかなくなった。 よって強い支配関係となったらしいです。 |
taira 2009/04/14 00:34 |
遊人庵庵主様 |
ikasama4 2009/04/15 00:21 |
taira様 |
ikasama4 2009/04/15 00:22 |
taira様 |
ikasama4 2009/04/15 00:23 |
taira様 |
ikasama4 2009/04/15 00:23 |
色々合って書き込みが次回放送の直前になってしまいました。 |
MoTo 2009/04/19 12:00 |
続きです。 |
MoTo 2009/04/19 12:00 |
MoTo様 |
ikasama4 2009/04/19 19:54 |
MoTo様 |
ikasama4 2009/04/19 19:55 |
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