|
初っ端から信長のミョーな紹介 そして兼続と初音との会話の演出に失望のため息が出る今日この頃(笑) 今更なんでこんな演出になったのか責める気持はありませんので とりあえず簡単にあらましを追いかけていくと 殿から許しを得て再び景勝様の下に仕える事になった兼続は弟・与七も連れていく。 でもって仙桃院から北斗の七星の話をされ 兼続は生涯、殿の傍にいる事を誓い 織田信長を討ち足利幕府の再興が謙信の願い 手取川の戦いで織田軍を打ち破ったものの 謙信はそれ以上の追撃はしなかった。 それは謙信にとって天下を治めて戦を終わらせる事 即ち強き者が弱き者をねじ伏せる事で導かれる天下はいらない。 それは信長の行為を義と認める事になる。 天下の万民に気高き心 人が人であることの美しさを見せたいという謙信の言葉に迷う兼続。 そんな兼続に若き頃の自分を見てると感じる謙信は 兼続ならば我が意志を真に受け継ぐ者は兼続であると思う謙信 そして謙信は倒れる、と。 気になったのは まぁ和尚さんが出てきたのは相変わらずとして 問題は手取川の戦い。 「功名が辻」を見ていたら分かるかと思いますが この戦の前に羽柴秀吉も参戦したいたのですが 彼は無断で戦線を離脱して織田信長から怒りを買う事になります。 だから、あの状況下で信長にのんびり悠長に秀吉が言上仕ってる事はあり得ないですわなぁ。 とりあえず三千もの鉄砲で長篠の戦いで織田軍は武田軍を破ったものの 謙信は鉄砲の弱点を見抜いて天の時と地の利、そして人の和をを生かして織田軍を破ったって とこが強調されるのは安直とはいえ、どうせ歴史を知らん人が書いた作品だから別段いいんですけどね。 それにしても七尾城はなんともあっけない展開です(苦笑) まぁ予想していたというとこもあり 今回はその能登の畠山氏を調べてみやした。 この畠山氏は色々とありまして 例によって系譜図をまとめてみると 畠 山 義 総 │ │ │ 義 続 │ ┌───┤ │ │ 義 義 春 綱 │ ┌───┤ │ │ 義 義 隆 慶 │ │ │ 春 王 丸 どうも義総死後以降は結構代替わりとかが激しいので この系譜が正しいかどうかはハッキリと分かってないそうです。 ちなみにハッキリと分かっていないという事では 武田信玄の肖像画もそのひとつ たしか、こんな感じのやつですね。 で、最近はこれが武田信玄じゃないと言われています。 その理由はこの絵は武田信玄の後年の姿を描いたものだとされているらしいのですが それだと絵に髷が描かれているのはおかしいのではないかという事らしいです。 また、武田家の家紋である武田菱がなく 小刀には「二引両」の家紋があるという事で 武田信玄ではないと考える説があるそうです。 では、この人物は誰かと考えた場合 この絵を描いた画家・長谷川等伯は能登出身であり 「二引両」は畠山氏の家紋である事から この絵は畠山家の当主を描いたのではないかいう説があるそうです。 ただ、当時において剃髪せずに出家するケースも稀ですがあるにはあったようですからねぇ。 それに「二引両」の家紋も足利氏一門であれば別段畠山氏でなくてもいいんです。 今川家も「二引両」ですからねぇ。 だから、将軍家もしくは今川家より「二引両」の家紋が描かれた 小刀を武田信玄がもらい受け、それを身に着けたとも考えられます。 ただ、どちらにしても疑わしい事実があるために 最近の研究では武田信玄ではないかもしれないというトコロに落ち着いているようです。 さて、話を畠山氏の系譜に(つ´∀`)つ戻して まず畠山氏の繁栄を築いたのは義総の代らしいのですが 彼の死後になると領内が乱れます。 ありていに言うと家臣団が権力争いを始めます。 その主だったのが温井氏・遊佐氏・長氏です。 この頃、家臣の中で一番権力を握っていたのは温井氏でした。 温井氏は遊佐氏と権力を争い、それによって七尾城が一焼失したりしてしまい それによって遊佐氏は加賀に逃亡し、加賀一向一揆が攻めてきてしまいます。 義続は当主としてこうした争いを収める事が出来ず拡大させてしまったために 隠居して息子の義綱に家督を譲ります。 そして義綱は父と他の重臣と協力して温井氏を暗殺して温井氏の残りの一族は城を出て逃亡します。 それから加賀に逃亡した遊佐氏は重臣として帰参します。 こうして義綱は大名としての権力を握るかに見えたのですが 今度は義綱と遊佐氏の中で争いが生まれ その結果、1566年に遊佐氏は義綱と義続を国外に追放して 義綱の子・義慶に家督を譲り、国の政を遊佐氏が仕切るようになります。 この時、逃亡していた温井氏は畠山家に帰参しています。 そして1574年、義慶は急死します。 病死とも言われていますが暗殺とも言われています。 考えてみれば義慶の父と祖父は家臣である遊佐氏によって追放されたのですから 後にその事実を知った義慶が遊佐氏らを憎んだとしても不思議ではありません。 その後、家督は義慶の弟・義隆(義慶と同一人物説あり)が継ぐのですが 1576年に急死したそうで。 それから家督は義隆の幼少の息子・春王丸が継ぐ事になったのですが 折も折、上杉家が七尾城を攻めてる最中。 この時、七尾城内では疫病が流行り、春王丸は病死し畠山家は滅亡という事らしいです。 で、その間にも家臣達は証拠にもなく権力争いをしていたみたいで(笑) 能登の隣国・加賀に織田家が勢力を伸ばしてくると これに近付いて親密な関係を築いた長氏が家中で勢力を伸ばし 遊佐氏・温井氏を抑えて長氏が家中で勢力を握ります。 ここで畠山家中は織田派と上杉派に分かれます。 織田派−長氏 上杉派−遊佐氏・温井氏 まぁ長氏が織田派だったという事で 遊佐氏・温井氏が長氏から権力を奪還するためには 反織田派=上杉派でなければならなかったというとこでしょうかね。 で、それからどうなったかと言うと 疫病が流行り城内が混乱していた最中に 遊佐氏・温井氏は謙信と内応して織田派である長氏の一族のほっとんどを皆殺しにして 七尾城を開城し、上杉家に降伏します。 それから義綱の弟・義春が謙信の養子を経て上杉家の分家のひとつ 上条上杉家の当主・上条正繁の養子になったそうです。 それから遊佐氏・温井氏の粛清から免れた長氏の生き残りがいて 織田信長は彼の救援に応じて柴田勝家を総大将に能登へ向かわせたのですが 柴田勝家が能登に到着する前に七尾城は落城 更に勝家の軍にいた羽柴秀吉が戦線を離脱し統制は取れていなかったそうです。 その隙を突いたように上杉謙信は柴田勝家の軍を攻撃し 織田軍は散々な目に遭って敗退します。 その後、畠山家は上条正繁の養子になった義春の子孫が再興し、徳川家の旗本とかになって 続いていったそうです。 ちなみにその後の上杉家の家臣となった遊佐氏と温井氏ですが 謙信の死後、能登に侵攻してきた織田軍によって滅亡・追放され 遊佐氏・温井氏の粛清から免れた長氏の生き残りは加賀・前田家の家老として幕末まで続いたそうです。 さて、いよいよ次回は謙信が亡くなります。 これにより一枚岩だった上杉家家臣団の結束が崩れ 次なる上杉家当主を巡って景勝・景虎は否応なくその渦中に巻き込まれる事になるのですが このドラマではどう描かれるのかがただただ心配です(; ̄∀ ̄)ゞ |
| << 前記事(2009/02/21) | ブログのトップへ | 後記事(2009/02/23) >> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|---|
天地人・第8話
天地人 前編 (1) (NHK大河ドラマ・ストーリー)火坂 雅志,小松 江里子日本放送出版協会このアイテムの詳細を見る 一週間、ホンとあっという間ですよねぇ。正直、火曜日にはこのドラマのこと忘れてますから(笑) でも視聴率良いんですね、『篤姫』もでしたが「後を引かない」というドラマ作りが時代とマッチングしているんでしょうか・・・?(まあ確かに『風林火山』や『新選組!』は引きずったから) このドラマのことも忘れていると、民放ではまるで国営放送の「大河ドラマ」を援護射撃するような企画があっちこっちで... ...続きを見る |
ブルー・カフェ 2009/02/22 22:03 |
【天地人】第八回
世に正しき道を示す事。それが上杉の義じゃ。上杉は手取川で織田軍と対決、勝利を収めた。それを兼続は雲洞庵で初音から聞かされる。蟄居が解け、景勝の元に戻る兼続を景勝は笑顔で迎えた。しばらく、そこに居れ。蟄居の苦労話など聞かせよ。そなたの帰りを殿が一番お待ち... ...続きを見る |
見取り八段・実0段 2009/02/22 22:11 |
★「天地人#8」やっぱりココは泣くよね〜(TT)
魔王そのものの織田信長VS神を信じる上杉謙信大河ドラマ「天地人」公式ページ兼続と初音のふたり芝居。。結構長かった。。織田対上杉の戦いを一気に解説しますぅ〜〜その日は激しい雨。。織田軍の鉄砲はまるっきしの役立たず。。追い詰められた織田軍は水かさの増した川に... ...続きを見る |
・*:・ふわゆら生活・:*・ 2009/02/22 22:17 |
天地人8 人妻お船の眼が妖しく光って!・・これ昼メロ?
なななんすかぁこの唐突な終わり方は! 横からのスポットライトで琵琶を抱えた謙信座したままガクッって? 左下に第八回謙信の遺言 ...続きを見る |
ぱるぷんて海の家 2009/02/22 22:18 |
天地人 第8話「謙信の遺言」
私事ですが、先日、我が家に液晶テレビがやって来ました。今さらですがうちでも地デジがみられるようになったのです。 なので今週は「地デジでみる天地人・第1回」です。その印象を一言で申すと、「おおおおお〜〜〜っっっ!!」。そう…このドラマってデジタルハイビジョンを前提につくっていたんだなあと、はじめて知って目からウロコが落ちたしだいです。先週まで、見難いとか目が疲れるとか文句タラタラだったOP映像が、吸い込まれるほど綺麗に見えてすごいすごい! その勢いで先週あんなに脱力した暗転・スポットライト演出... ...続きを見る |
遊人庵大河塾 2009/02/22 22:52 |
天地人 第8回「謙信の遺言」
戦は人数で決まるわけではないことが改めて浮き彫りになります。桶狭間の戦いで今川義元を破ったり、長篠の戦いで武田勝頼を破った織田信長であれば、そのことは熟知していたにもか... ...続きを見る |
あしたまにあーな 2009/02/23 00:25 |
大河ドラマ:天地人 第8回「謙信の遺言」
斬新な手取川の戦いでしたね。兼続が直接絡んでない以上、ある程度のことは覚悟していましたが、まさか初音に語らせるだけで終わろうとは・・・しかも、恒例になりつつある超演出でしたし、個人的には特に印象に残る戦になりました。でも、それ以外は割と落ち着いてきたよ... ...続きを見る |
山南飛龍の徒然日記 2009/02/23 01:30 |
大河ドラマ 天地人 第八回「謙信の遺言」
兼続くんの「もう泣かないもん!」宣言、わずか1話で撤回w まぁ仕方ないよねー。あんな泣き虫小僧が憧れの人に後継者はお前だとか言われちゃw ...続きを見る |
超特撮艦隊3バるカんX〜GOLD LUS... 2009/02/23 02:17 |
常盤貴子目当てで見る天地人 「謙信の遺言」
やっぱりね。 上杉軍と織田軍の直接対決の手取川の戦いは、予想通り初音(長澤まさみ)の報告で終わっていました。しかもその報告は、いまや大河名物となったガイヤの夜明け風のスポットライト演出です。何も言うことはございません。 常盤貴子の登場シーンは一回でした。 ... ...続きを見る |
V36スカイラインクーペが欲しい! 2009/02/23 06:00 |
長篠の戦は謙信のお陰??
七尾城を攻め落とした上杉軍、その足で加賀へと 進軍するのです{/v/} いよいよ手取川の戦いの始まりです。 ...続きを見る |
函館 Glass Life 2009/02/23 10:08 |
泣かない約束したばかりなのにもう泣いて天地人(妻夫木聡)どろろ〜ん(長澤まさみ)
ふう・・・今回の脱落者は*0.1%であるか。 みんな・・・辛抱強いなぁ・・・それ ...続きを見る |
キッドのブログinココログ 2009/02/23 14:20 |
天地人 謙信の遺言
だんだん「徹底的に、舞台劇風に見せる」演出に「今回は、そういう大河なのね」と慣れてきました。ああ、またまた、スポットライトです。何かが舞い散ってくるぅ… ...続きを見る |
のほほん便り 2009/02/23 18:31 |
大河ドラマ「天地人」第8話「謙信の遺言」
謙信の光と影 23.1% ...続きを見る |
優しい世界〜我が心に迷いあり(β) 2009/02/23 23:14 |
天地人・8話
兼続、まだ蟄居中。 ・・・神出鬼没の初音、ちょっかい出しに来る・・・。 ...続きを見る |
朝凪、夕凪 2009/02/24 21:57 |
『天地人』第8話「謙信の遺言」
第六天魔王・信長。約20カ国を切り取り、3千挺近い鉄砲で上杉軍を迎え撃つ。 天正5年9月。 七尾城を攻め落とした謙信は、 加賀へと軍を進める。 安土城の信長は、 3千挺の鉄砲で謙信を討つ自信あり。 謙信率いる上杉軍を迎え撃つ柴田勝家勢。 「しばし待て... ...続きを見る |
strの気になるドラマ 気になるコト 2009/02/27 20:47 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
>今更なんでこんな演出になったのか責める気持はありません |
くう URL 2009/02/22 22:27 |
ikasama4さん、こんばんは。 |
なおみ URL 2009/02/22 22:39 |
くう様 |
ikasama4 2009/02/22 23:14 |
なおみ様 |
ikasama4 2009/02/22 23:17 |
「独眼竜政宗」や「真田太平記」をむさぼるようにみてて思うのは、昔の大河は45分の同じ尺でも、有名な合戦の顛末はもちろん、調略などの頭脳合戦、奇襲のおもしろさなども手際よくみせて、主人公の恋バナも成長物語もきちんと盛り込む…と、基本的な構成力においてほんとに素晴らしかったんだなあと。今年のをみてるとしみじみ感動します(笑)。 |
遊人庵庵主 URL 2009/02/22 23:45 |
こんばんは! |
ぱるぷんて海の家 URL 2009/02/23 00:03 |
遊人庵庵主様 |
ikasama4 2009/02/23 00:41 |
ぱるぷんて海の家様 |
ikasama4 2009/02/23 00:42 |
| << 前記事(2009/02/21) | ブログのトップへ | 後記事(2009/02/23) >> |